【乱寂】映日果を食む

Hasmi/ 7月 18, 2020/ 小説

 正直なところ、いまの俺にはいったいこれが《何度目の夏》なのか分からなかったけれど、兎にも角にも《今夏》はひどく蒸し暑くて無性に肌の内側にこもっている害意を掻き立てた。害意なのだと自覚するそれを、真正面でナイフとフォークを手にしている男に直球でぶつけてしまいたくなる。店内はエアコンが効いているとはいえ、こんなにも蒸し暑いというのに男は――いや、神宮寺寂雷は、なんともないように涼しげな顔をしてタルトにナイフをいれてちいさく切っては咀嚼していた。整った顔に比例するようなうつくしい所作でタルトはいくつかに切り分けられ、そしてくちにはいってしまえば白い歯で噛み砕かれ、すり潰されてから喉を通って胃に滑り落ちてゆく。百九十五センチの身長に見合うパーツなのだから、全体で見れば若干控えめそうなそのくちだって較べてみれば俺より断然おおきいに決まっているのだ。「ねえ、おいしいでしょ? ここ先月オープンしたばっかりだからまだ誰にも内緒なんだけど、寂雷には特別におしえてあげるね」そういって俺は笑みを浮かべる、そうだ、笑みというのはこうして口角を上げて楽しそうにふるまうことだ。タルト生地に新鮮な卵とバターをたっぷりつかわれたタルトは確かにおいしいけれど、生地の上に層になったクリームや果実を見るとなんとなく脆さ/儚さを内包しているようにおもえてしまう。「寂雷にしかおしえてないんだよ、このお店」念押しのようにいってみせると、訝しむようにこちらをジッとみつめられる。いま会話はどこか不自然だっただろうか――そんな極小単位の焦りをひた隠すようにしつつ、俺はふたたび笑みを浮かべてからラズベリーモヒートを啜った。ロンドンのバーをイメージしたという店内インテリアはシックな雰囲気で統一されており、つやつやとした飴色に磨かれたバーカウンターもあったりしたけれどランチタイムなので僕らは一番端のテーブル席へ通されていた。店内のBGMはかなり音量を絞ったクラシックで、聖歌をもじった店名とあいまってそれが似合うなとおもわせる。「私にしかおしえていないというのは本当ですか、」といいながら寂雷が頸を傾げてみせた。いつだってこの男は神様のような外見をもっているのに、その目の奥底には仄かな嫉妬らしきものが揺らめいているのだからやっぱりたんなる人間なのだと再認識する。「あはっ、寂雷、急にどうしたの?」「きみのことなので、前に誰かと来ていたのかと――」「だからー、本当に寂雷だけだってば! だって僕たちふたりはペアレントフレンドでしょ、それともそんな僕のことを疑うの?」目をうるませながら上目遣いでみつめると、ふう、と溜息がきこえて「どうも私ばかりが一方的に振り回されているようで……きみが女性に人気なので焦ってしまう、というのは失礼でしたね」なんてかわいいことをいってみせてくれる。俺がここの店をしったのは自社ブランドの事務所に行くときに前を通るからだし、いままで一度も莫迦のように騒ぐ女たちと来たことがないというもの本当だ。とりあえず、いまの俺の記憶にある限りではそうなっている。どこまでが本当でどこまでがつくりものなのか、自分でも判別がつかないところがあるけれど。それでも俺は確実に生きているし、たとえそこに残酷な現実しか介在しなくても、事実、こうして生きているのだと叫ぶことしかゆるされない。「そんなつまんないことどうでもいいから、せっかくだし僕もついでになにか頼もうかなあ」店員に一度下げてもらったメニューをふたたびもってきてもらって、あれこれいいながらラミネート加工されたページをめくった。寂雷が食べているのは夏季限定のイチジクタルトでやたら派手なものだ。「これ、結構おいしいですよ」俺がメニューの写真を何度も繰り返し見ていると、面白そうにふふっと笑いながらいわれてしまった。「イチジクのスライスの下にクリームチーズやカスタードが入っているからしつこくない」「いま、そのイチジクタルトと今日の限定メニューな桃パフェで悩んでるんだけど……どっちにしようかなぁ、あ、ちなみに寂雷の今日の仕事何時からだっけ?」「今日は夜勤なので、べつに気を遣わないでも大丈夫ですよ」「りょ。うーん、じゃあ後で僕のマンションに行くとして……いまはこっちにしちゃおうかなあ、」店員を呼び止めて再オーダーをしてから、気を遣ってこちらを見つめながらカトラリーを置こうとした寂雷に「僕、寂雷が食べてるの見るの好きなんだよね」と甘ったるい口調でいってやったから中断出来ないのだろう。きみがそういうのなら――、と寂雷がタルトを切り分ける手を止めずに咀嚼する。やわらかく厚めの外皮を剥かれてナパージュされているからか、ツヤツヤとぬめるように光っているイチジクの実が丸ごと一個添えられている。タルトがこのテーブルへやって来るのを待っているあいだ、俺と寂雷はなんともつまらないことを語りあう。でもこいつがはなすことはすこしおもしろい。それは俺がしらなかった感情を抉じ開け、植え付け、やがてなにものかになるような花を咲かせようとしている。余計な感情なんていうものは必要ないというのに、こいつと関わってから俺は日々おかしくなってゆくのを自覚せざるを得なかった。
 やがて俺の分のタルトがやってきたのでカトラリーを手に取ると、「今日はSNS用の写真を撮らないのかい、」そうきかれたので「いいのいいの、まだここはみんなに内緒にしたいからねっ!」と手をひらひらさせながらごまかす。そうだ、俺はいつも外食のたびに写真を撮っていた。SNS用にアップするというのもあるけれど、この頭に入っている記憶はたよりなくおぼろげで、そっとしておかないと端からぐずぐず崩れてしまいそうで困ってしまう。そんなことに気づきもしないのか、「なんとなく嬉しいですね、きみがそういってくれるのは」だなんていう恥ずかしそうに発せられた言葉で打ち消されてゆく。知らないということは善悪が付与される――そしておまえのそれは果たして、善か、悪か、もう一年以上経つというのに未だ判断出来ないままだ。ラズベリーモヒートをすこし啜ってからカトラリーを手に取り、真っ先に丸ごとひとつ添えられているイチジクの実へと突き立てる。おもいだすだけでも反吐が出そうなあの女とおなじ名前の果物は、なんともあっけなくナイフを飲み込んでゆき、カツッと皿に当たった感触がしてからフォークでひらくようにおさえるとぱっくりと左右に割れた。その中身は白いクリームチーズが詰め込まれていて、なんとなくわらってしまいそうになる。あの女たちも所詮はこれのように、無知で真っ白なクリームがあたまに詰まっているのだろう。そんな憎悪でいっぱいの俺を眺めながら、なんとも呑気な声音で「そんなにイチジクがすきだったとは知らなかった、私はきみの好物をまだまだ知らないままですね」などとおどろいたようにいう、神宮寺寂雷という男はそういうやつだ。真っ二つにしたイチジクをさらに開いてゆくと、やわらかめのクリームが藍色の釉薬のかかったデザート皿の上へ広がっておかしな模様を見せた。これはいつだったか、あいつらにやらされたロールシャッハテストで出題された模様に似ている。「――乱数くん、顔色が悪いけれど」と声をかけられて、俺は自分の意識がよそへ飛んでいたことを気づかされる。そして寂雷はタルトの乗っているプレートがクリームでよごれているのを見て、「ストレスでも溜まっているのかな、たまには休養を――」と莫迦みたいなことをいうのだった。もうしょうがないことだ――この世界のすべてがストレス、憎悪、敵愾心、そしてその収束すべき先はこの俺の存在意義でしかない。「なんでもなーいよっ!」そういって無理に笑っていってみせると寂雷は問い詰めるようなこともせず、最近の仕事量が多いようだね、なんてすこし心配そうな表情をするだけだった。「そうかもね、東都コレクション終わったばっかりだしちょっと疲れちゃった。でも今日は寂雷とデートできてるから充電完了なんじゃない?」「……デート、これが、」「もしかして自覚なかったの?」「私はきみのような交友関係の広さはもっていないので、その、あらためていうとなんだか恥ずかしいね」「あはっ、寂雷、顔赤くなってるのかっわいー! でも恋人になっちゃったからこれからも覚悟しておいてよ?」「その、覚悟とは」「んーっと、まあいろいろだよ、寂雷が知らなかったことたくさんおしえてあげるからね」「きみにはかないませんね」そういってほほえみながらも眉をハの字にして、寂雷がさも困ったなといいたげな顔で俺をみつめた。その視線にはいとおしさが含まれている。この世界の神様じみた男と俺が恋人同士になって、いったい何日が経過したのだろう――それをおぼえているような、おぼえていないような、何日か何週間かはもはや記憶の彼方だ。すべてが曖昧で、もやがかかっているようなあたまのなかを明瞭にすべく、いくつかにナイフで分割したイチジクへフォークを突き刺してくちへはこんだ。生のイチジク独特のほのかな甘さと、そのなかに詰め込まれていたクリームチーズが相まって絶妙な美味さを舌に感じる。いくらタルトのピースがちいさいからといっても、皮を剥いたおおぶりのイチジクが丸ごと添えられているのでボリュームがある。しかも、俺たちはこのタルトをオーダーするまえにそれぞれパスタを食べていた。パスタの量は普通だったけれど、これは食後のデザートとしてはすこし多めだ。ツヤツヤにナパージュされて光っていたイチジクの実は、ナイフで刻まれてもなおツヤとなめらかさを失わない。俺はそれに対して無性にいらだち、わざと丸いかたちを崩すようにちいさめに切り分けて咀嚼を繰り返した。吐き気が込み上げてくる。それを押し留めるように、くちへはこんでは奥歯で噛み締めた。イチジクのちいさすぎるほどの種が噛むたびに潰れて、俺はそれがとてもよいことをしているように感じ、数え切れないほどの種をブチブチジャリジャリと奥歯で擦り潰して飲み込んだ。藍色の釉薬でテラテラとてかった皿はクリームチーズがきたならしく広がっていて、べったりとおかしな模様を見せている(さっきもおもったけれど、出来損ないのロールシャッハテストみたいだ)。肝心のイチジクタルトを三角形の先端から一口大に切り分けてくちに頬張っていると、「とても美味しいですね、これ」と寂雷がおなじようにナイフとフォークを手にして楽しそうにいった。タルトには薄切りにされたイチジクがクリームチーズやカスタードと一緒に層になっていたので、苦々しくおもいながら(それは決して表情には出さなかったけれど)ギリギリと奥歯を噛みしめて咀嚼する。あたりまえだけれど一番下の層にタルト生地が敷いてあって、それは固すぎずにすこし湿ってしっとりとしていた。勝手に死なないならこの手で殺してやりたいと願っているあいつらの、いまわしく憎むべき女のうちのひとりとおなじ名前をしているくせに、このタルトは真夏のカフェで寂雷とこっそり食べるのにふさわしいような味をしている。いつのまにか寂雷のタルトはあとひとくちくらいしか残っていないのに、俺の目の前にある皿にはまだ四分の三くらいあった。「イチジクのファルシなんてめずらしくて興味深い、」と寂雷がいって、残っていたひとくちぶんをくちのなかへ入れる。あ、と上品に開いたくちのなかから舌がのぞいて見えて、それはこいつとセックスをするときに無理やり暴いてやった口腔内の一部分だ。莫迦みたいに身体がでかいくせに、それに較べてくちがすこしちいさめのなので、そのなかを見たいとわがままをいったときに目にした色がちらちらと見えている。「なんだかこれはしあわせそのものだね、乱数くん」と寂雷が紙ナプキンで丁寧にくちを拭ったあとにいった。しあわせ、なのだろうか。そうなのか。おまえはこれをそう名付けるのか。困惑を顔に出さないようにしながら「あたりまえでしょ、僕と寂雷は世界一しあわせな恋人なんだから」なんて威張るような口調で嘯いてみせた。いくらその場に合わせたからといえど、愚かなことをいってしまったなあとおもいながら、薄苦くわらって皿の上でちいさくきざまれたイチジクを刺して食べた。俺は見目がよく取り繕うのがうまいので、薄苦くわらっていてもはたからすれば普通の笑みにしか見えないだろう。付き合って数ヶ月くらいの蜜月期にあてられてあたまの悪くなっている恋人たちの例に漏れなく、甘ったるい台詞を返してやったけれどしあわせとはなんだろう。知識としては脳のなかにある言葉だけれど、なにを以ってしておまえはそんなことをいえるのだろうか。紙ナプキンでくちを拭き終わった寂雷の皿を店員が下げるのと引き換えに、別の店員が食前にオーダーしていたアイスコーヒーを持ってきた。スペースの余ったテーブルの上で、微笑んだ寂雷が腕を組んでこちらをみつめる。氷の入ったアイスコーヒーが、グラスの外側へ無数の水滴をつけているのがやけに気になってしまう。寂雷がなかなかそれを飲まないので、ちいさな水滴が重力によって次々とつながってゆき、しばらくしてからツーッとおおきなひとつの雫になってテーブルへ垂れた。やっとイチジクのファルシを食べ終わり、肝心のタルトの残りにフォークを刺して咀嚼していると寂雷がこちらを見つめたまま、ふふっ、と楽しげに(というか、おもしろそうにかもしれない)わらっていた。「なに?」「私と乱数くんが、世界一しあわせだといってくれたのがうれしくて」「あのね、僕、オネーさんたちとはかならず一回きりなの。全部ぜーんぶ一日限りの遊びだけだったし、それはオネーさんたちも理解してくれてるよ。だけど寂雷とは違うでしょ、その意味分かる? いくら鈍くてもここまでいえば分かったよね。はい、最後のひとくちあげるからくち開けて」そんな戯言をいいながら、一番最後に残ったタルトをテーブル越しの寂雷へ差し出す。鋭い銀色のフォークの先端には、タルト生地とイチジクとクリームチーズがやや潰れた層になって刺さっている。普段なら行儀が悪いとでも苦言を呈されそうだけど、今回は素直にすこし身を乗り出した寂雷のくちへそれを差し入れることに成功した。すこし力加減に悪意を込めたらラップバトルに必要な喉を刺せるというのに、信用しきっている関係性はなんだか飼育員と獣みたいでおもしろい。そんなことをおもいながら、咀嚼ののち飲み込んだ際に喉仏が上下するのをみつめる。いまので最後だった、皿の上にはもうなにもない――あるとしたら俺が皿にこびりつかせたクリームチーズの白い跡だ、それはフォークによって不規則な模様をつくっている。
「たしか、イチジクって不老長寿の果物っていわれてたんだって。タルトに二個半くらいつかわれてたけど、僕たち、このままの姿で何年まで生きられるんだろうね」そういいながらくちを拭い、ちいさくなった氷がカラカラと音を立ててるラズベリーモヒートを啜る。ミントの清涼感がかなり効いていて、強めの冷房とモヒートによって身体が冷やされてゆくのを感じる。「不老長寿っていってもさあ、寂雷は好きなだけ生きられるとしたらどのくらい生きたい?」「私は普通に年老いて死ぬよ、それでいいし自然に逆らうつもりもないから」「えーっ、つまんなーい、そんなのつまんないよダメダメだよっ。僕は地球最後の日まで生き延びてやりたいな、バカでかい隕石がぶつかったり、太陽が爆発したり、温暖化でトーキョーが沈んだりするまで死なないのがいい。ねえ、寂雷もそうしよ? ふたりで地球の最後見よう?」わざと頸を傾げて普段女どもに媚びるようにいってやったというのに、寂雷はかたくなにイエスという答えを返そうとしなかった。この男と一緒にいると、どうも調子が狂うときがあって困ってしまう。こちらをジッとみつめながら困ったようにしている寂雷の顔を見つめ返していると、わずかにスマホが震えた気がしたので「ちょっと洗面所いってくるね、仕事の急用みたい」といいながら席を立つ。スマホをつかんでトイレの個室に入ってから通知を見ると、ロック画面に『ウザいオネーさん★』とだけ表示されている――これは普通の女どもではなくメッセージアプリでの勘解由小路無花果の登録名だ。アプリを開くよりも先にその名前を見た途端、激しい吐き気が込み上げて真っ白く清潔に磨かれた便器へ向かって両手をついて這いつくばった。「……うっ、ぇ、ぐっ、」喉奥が蠕動して胃液混じりの内容物が次々と吐き出され、咀嚼によってぐちゃぐちゃに噛み砕かれ擦り潰されたパスタとタルトがびちゃびちゃっと水っぽい音を立てて落下した。それらが混然となったものを便器のなかへひとしきり嘔吐してから、ろくにロック画面を開きもせずに躊躇なくスマホの電源を落とした。いまはその名前を見たくない、俺の生殺与奪権を握っている女のひとりだとしても、そんなときがあってもいいだろう。やっぱりあの女の名前とおなじ果物のタルトなんて、寂雷と一緒に食べるんじゃなかった。不老長寿の果実だなんて嘘であればいい、そんなものがあの女の名前と同一であってはいけない。嘔吐する際に掴んだ真っ白い便器がひんやりとつめたくて、なんだかそこだけ輪郭がはっきりしているというか妙な現実感があった。この人生が夢か妄想であってくれてもいい、この女どもへの――いや、人類への憎悪をかかえている長い悪夢はいつ醒めるのだろう。醒めないならば、いっそくだらない諸々の感情も存在も消し去ってくれればいい。
 洗面所に設置されていたマウスウォッシュで丁寧にくちをゆすいでからテーブルへ戻ると、「どうも顔色がすぐれないようだね、大丈夫かい、こうも暑い日がつづくとまいってしまうね」といわれたけれど、だいじょーぶだいじょーぶとヘラヘラ笑ってごまかすことしかできなかった。ふたりとも食事が終わったので、テーブル上へ残っているラズベリーモヒートの残りを飲み干そうとした瞬間、「あのね、らむだくん、ちょっと聞いてくれるかな」と寂雷がひかえめな声ではなしだした。「きみが洗面所へいっているあいだにかんがえたのだけれど、私たちの自然寿命が尽きるまでに隕石がぶつかったり太陽が爆発したり温暖化が劇的に悪化することがあったら、どちらかの家で一緒に地球最後の日を過ごそうか。ふたり一緒なら、きっとおだやかでいられるとおもうから」「――あはっ、なにそれプロポーズ?」「そう受け取ってくれてもいいですよ、でもこれは私のわがままでしかないのかな」「あー、もう、分かった分かったから、それ以上いわないでよ聞いてて恥ずかしすぎる。それよりも今日時間あるなら僕の家に寄ってよ、いま無性におまえのこと抱き潰してやりたい気分だから」おまえとセックスなんてしなければよかったのに、俺たちはふたりして身体を擦り合わせることでしか感情をたしかめるすべをもっていない。誰とだって出来る行為を特別視してる寂雷とするセックスは、なんだかひどく支配欲でいっぱいになる。だって簡単なんだ、セックスという単純行為は。ただ、なぜかおまえとセックスをするたびによく分からない感情が芽生えかけているのを、これからも無視しつづける自信がない。――寂雷のやわらかな残酷さをこれから更にみがいてやらないと、ラップスキルも飴村乱数である俺と互角になれるくらいにしなければいけない。そしていつか、そう、いつかふたりでこの世界を手に入れよう。誰もいなくなった地球で、マンションの一室で、滅びゆく日を待とう。それがいまここに存在しているひとりの飴村乱数として最高の愛情表現なのだから。

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