【イザシズ】二度散る飛沫

Hasmi/ 3月 4, 2018/ 小説

 西新宿の片隅、折原臨也の事務所は既に矢霧波江は退けていたので、好機とばかりに平和島静雄を呼び出していた。何のことはない、毎回と言っていいほど弟の幽ネタをちらつかせれば喰いつくまでだ。
 機嫌悪そうに入ってきた静雄の耳朶を背伸びして噛み、倒れ込んだついでに鎖骨を甘噛みし、そしてねぶるように耳穴に舌を挿しこんで下半身へ手を伸ばすと、そこは下着に染みを作るくらいに先端部分が濡れていた。下着の上から、撫でまわしながら性器を刺激してその染みが更に広がると臨也はにたにたと嗤った。
「シズちゃんって敏感だよねぇ。犬みたいに欲求に忠実で、淫乱にも程がある」と言うと、余りにも目を瞑り過ぎたのか涙目になった静雄が息を荒くしながら頭を振った。
 嘘吐き、と思うと共に、それを覆してやりたいと思う。
 下着から性器を取り出し、鈴口をぐにぐにと親指で攻め、雁首を強めに扱くと静雄が再び目を瞑りながら喘ぎ声を上げた。
「ひッ! ああぁッ……ひあッ、ふ、ァッ!」
「ねえ、分かる? 俺の指の感触がするの」
「あァッ……ひ、んんッ!」
 喘ぎ声ばかりで答えの返ってこない静雄を攻め立て、「バーテン服が乱れてるのってエロいよねえ」などと思いながら臨也はその光景を楽しんでいた。
 夕暮れの日差しが差し込んでくる事務所内のソファの上で乱れる静雄を弄りつつ、臨也はそれを俯瞰的に見ていた。まるで俯瞰というよりは、鳥瞰図と言った方が正しいのかも知れない。意思のある観察だ。
「てっめ、え、あァッ、んんッ……ふ、アぁッ」
 僅かながら抵抗する静雄の性器を何度か激しく上下に扱くと、「あ、駄目だ、いく」と短く言われたあと、臨也が擦り上げていた性器から床へ向かい、大量に射精してみせた。白く濁った精液は、床に飛び散った。飛沫が臨也の指についたので、舐めるとやっぱり苦いと思いながら、静雄に「水、いる?」としれっと聞いてみせた。
 コップに水を注ぎ、静雄に手渡してから思いついたように臨也が言った。コップの水滴が、さっき手に付着した精液と混じり合って薄い白濁色をしていた。
「──ねえ、俺が君を愛してるって言ったらどうする?」
 水を飲んでいた手を止め、一瞬、臨也の方をちらりと見ながら「次の瞬間、ぶち殺してるな気色悪ぃ」と呟いた。
「へぇー、シズちゃんは気色悪いこの行為を気色悪い男とやっちゃってる訳だ、相当のマゾだね、救いようがない」
 肩を竦め、冗談めかして言うと静雄が憤怒というものを見せるのが解った。静雄は本気で怒っていないのが解るが、どちらにせよ機嫌が悪くなったことには代わりはない。
「手ッ前」
「なに、だってさっきまであんなことしてた相手にその態度はないよね。大体、シズちゃんにはデリカシーってものが足りないんだよ、ああ、でも言ってあげようか。君が欲している言葉は『愛してるよ、シズちゃん』って言葉なんだろう? 俺はシズちゃんを愛してる、愛してる、愛して愛して足りないくらいに愛してる。これだけは罪歌にも弟君にも比べ物にならない。信じられないくらい君のことで頭がいっぱいで、たまに脳を切り開きたくなるんだ。そして、それと同じくらい殺したいって言ったらどうする」
 それを聞いた静雄は簡単に着衣を正し、尻ポケットに入っていたアメスピを取り出し、ライターで火を点けると深く深く吸いこんで「単純に気持ちが悪ぃな」と吐き捨てた。
 愛してる、シズちゃんが好きで泣きたくなる、などの言葉を聞き流しながら静雄は臨也に背を向けたままアメスピを何本も喫い続けた。それは、間を繋ぐというよりも、なにか感情がボロボロと崩れだすのを表すように、煙草の先端から崩れていった。
「殺して俺だけのものになればいいのに、って思うんだよねえ。だって今のままじゃ無理だしさあ、なら、殺しちゃった方が早くないかな」
「──で、死姦でもするつもりか」
 そう言うと、臨也が先回りをされた子供みたいな顔をして嗤った。
 いつでも臨也の笑い顔と嗤い声は子供みたいだ。純粋さがあまりにも濃すぎて、歪みになっているその声を静雄は別に嫌いではない。というよりも、高校時代から聞きすぎて慣れてしまったのは弱みなのだろう。
「アハハ、シズちゃんってば変に聡いよね。死姦もいいけど、俺、君が生きて笑ったり動いたり俺のこと叩いたり弟君の話したり、仕事の愚痴言ってたり、煙草吸ったり、殺し合ってくれることの方がいいなあ。って今気付いたよ。俺、シズちゃんのこと本当に好きだよ」
 それを聞き、静雄はきょとんとしながら目を丸くして煙草を揉み消した。
 落ちたのか、墜ちたのか分からないが、静雄は臨也の目を真っすぐ見つめて「ああ」とも「そうか」ともつかない呻り声のようなものを上げた。
 静雄が煙草を消したのを見届けてから、臨也がそっと頬に手を滑らすと「もう一回、ちゃんとセックスさせてよ」と囁いた。
 別に厭だとも何だとも言われなかったし、拒否されなかったので臨也は静雄のバーテン服を脱がすと、首筋に噛みついて空いている手で性器を扱いた。何度も何度も擦り上げ、扱き、静雄の乳首を噛んでは舐め上げた。
 性器の先端からは、先走りの汁が何度も糸を引くように腹の上へ垂れており、臨也はそれを見ながら静雄の腹へ塗りたくった。てらてらと光るそれは、軟体動物が歩いた跡のようで気持ちが悪く、そしてどこか甘美だった。
 鈴口を思う存分弄り、裏筋をなぞりながらいきり立った静雄の性器を扱いていたが、腹に伸ばした先走りの汁を指に取り、それを肛門へ塗ってローション代わりにすると静雄の息が上がるのが分かった。発情期の犬のように、静雄は自分の尻を弄られるということだけで興奮していることが充分に伝わってくる。
 コンドームを被せた指を入れ、前立腺を押すようにして刺激すると静雄が臨也の背中に爪を立てた。
「ひッ、ああァッ、臨也ッ、臨也ッ……! んんッ、ひ、あァ……!」 
「なに? さっきは名前なんて呼ばなかったくせに、ハハッ」 
 したり顔で静雄を見遣ると、臨也の名前を呼びながら背中に殊更爪を立てる姿があった。平和島静雄と言う男は、性欲というものを圧迫して清廉潔白のように暮らしてきたのか、一旦それを解放させるとどこまでも求める癖がある。
 静雄を充分に慣らしてから、コンドームを床へ投げ捨てて肛門に宛がうと一気に突き立てた。何度か揺するようにグラインドさせると、それにさえ慣れてきたのか結合部から淫猥な音が響いた。白く細かい泡が立っているそれは、臨也が見ても興奮するに足りるものだった。
「いざ、やッ、抜くな……は、あァ! ひッ、あァッ……!」
 静雄を豹変させたものがなんなのか、臨也には分かりかねたが少なくとも自分の言った言葉が影響しているのだろうと思うと、思わず笑みがこぼれた。
 肩を強く掴まれ、「よそ見してんじゃ、ねぇよ!」と半ば叫ぶように言われたときは臨也であろうと本来の目的を見失いかけた。
 何度も強くグラインドし、腰をぶつけあうと静雄の性器から先走りの汁が垂れ、臨也が塗りたくった部分のようにあちこちがてらてらと光った。
「ああァッ……ふ、あァ……! 臨也、出せよ」と囁かれたときは少なからず驚いたが、そこまで調教出来ている自身に臨也はにたりと嗤った。
「良いのかなあ、シズちゃんの中にぶちまけちゃって」
「んんッ……いいって、言ってんだろ!」
 じゃあ、遠慮なく。とでも言うかのように静雄の腰に先程よりも強く性器を突き上げ、数えきれないほど腰を打ち込むと「ごめん、シズちゃん、いかせて」と言いながら静雄の中で射精した。
 ずるりと萎えた性器を引き抜き、ぐったりと床に寝ころんだ静雄の肛門から精液が垂れ流してくるのをじっと見ていた。
 後姿で顔が見えないことをいいことに、臨也が独白のように語りかけた。
「ねえ、今日って何の日か知ってた? それとも俺の言ったことを真に受けちゃったのかな。可愛いよねぇ、ほんっと、殺し甲斐があるってものだよ。あーぁ、シズちゃんが早く死にますように!」
 どろりと垂れ落ちた精液は、床を汚し、静雄を汚し、そして臨也の嗤い声を受けていた。
 白濁は二度散り、事務所を穢したが臨也はそんなことは微細なことだったので気にも留めず、ただ、静雄が自分の計画通りに進んでいくことに至極満足していた。

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