【猿礼前提獣姦】躾のいいひと

Hasmi/ 2月 28, 2018/ 小説

 勤務中、あのひとがカフェで楽しそうに会話している姿を見てしまった。
 それは王同士しか許されない雰囲気というか空気というものを包括していた。こころも何もかも、許しあった仲だということが一目見てしれた。
 あのひとにとって、周防尊という男が特別なものなのだということは理解している。それに、いまもあのひとが周防尊を抱いていることも、たまにキスマークと言えないような噛み痕を付けてくることも、何もかも分かっていながらも始めた関係だった。美咲と喧嘩別れのようにして離れてしまったこともあり、セプター4に入ってからいまに至るまで、その糜爛した関係はズルズルと続いている。
 私服で穏やかな笑みを浮かべながら、周防尊と一緒にいるあのひとはどこか遠い世界のひとに見えた。到底手の届かないような、触れても指先を掠って逃げてしまうようなそんなイメージが浮かぶ。
 伏見くん、とセックスの最中に呼ぶ上ずった声を思い出しながら、それとともに勤務中に見てしまった和やかに談笑する姿をも思い出す。
 どうせ遊ばれているのだとしりながら始めたのに、なぜこんな感情を噛み締めなければならないのか全くもって分からない。美咲とはしばらく会っていなかったが、あのひとはこうして周防尊と会い続けるのだろうなということを、思いしらされた。
 男を抱いた身体で、俺に抱かれるのは一体何が楽しいのだろう――。
 最初に関係を持ったとき、「俺、タチしかしませんけど」と言ったら「それでいいですよ、」と言われた。明らかに、楽しんでいる声音だった。王様の身体というものは、どんなプレイにも耐えたし、寧ろ率先して新しい快楽というものを探しているような感じだった。
 あのひとが周防尊を抱くときは、どんなことをするのだろうと思いながらも、至ってノーマルなセックスしか思い浮かべられない。つまり、本命の男とは出来ないことを俺と楽しんでいるのだろう。
 その証拠に、一度「アンタ、周防尊ともこんなことしてるんですか」と聞いたとき、「まさか」と言われた。つまりそれは、俺が気軽なセフレとして扱われている証拠でもあり、ただひとつのおもちゃなのだという確信を得た瞬間でもあった。
 自分でも、それが憎いと思ったのかこれが嫉妬といった感情なのかは分からない。ただ、罰を与えようと思ったのだ。
 だからいま、こうして埠頭の倉庫へふたりで来ている。
 厄介なことなので室長と俺で内密に始末したいです、と言って誘いだした。まさか本当に身一つで来るとは思わなかったが、それだけ信用されているのはこの数年間の賜物なのだと実感する。
 隣を歩くひとの背は高く、数センチほど差がある。身体つきもしっかりとしており、その隊服の下にある皮膚へは数日前に付けたキスマークが残っているはずだった。まあ、昨日、周防尊といるところを見ているのでキスマークは増えているのかもしれないけれど。
 埠頭にある倉庫のあいだを縫うように歩き、一番奥まったそこへたどりついた。
「伏見くん、違法薬物を見たというのはここですか?」
 その問いかけに頷き、あらかじめ倉庫の管理会社から受け取ってきた鍵を差し込む。キィッ、と嫌な金属音がして扉が開いた。先に入るのを見ながら、ふたたび厳重に鍵を閉める。誰もここへ入ってはならない、すくなくともこれからのことが終わるまでは。
 倉庫内は黴臭く、空気が湿っていた。一昨日雨が降ったからか、錆混じりの水がぴたぴたと音を立てながら落ちている。後ろ姿を見ながら、均整のとれた身体つきだなと思った。とてもうつくしいひとだ、骨格がしっかりしているから男だと分かるものの、そこらの女が軽く霞んでしまうような美貌の持ち主である。こんなにうつくしい男が、なぜ自分を気にいったのだろう。ただの気まぐれだったのか、それとも身体を持て余していたのか、単なる興味か。
 多分、この関係は今日限りなのだろう。すくなくとも、自分だったら終わりにすると思う。だけれども始めなければならない――さあ、始めよう。
「……ふむ、特にこの辺りにはないようですね」
「室長、最初っから薬物なんてありません。すみません、嘘吐きましたァ」
 そう言いながら、距離を詰める。
「だってそうでも言わないと、アンタ最近、俺に構ってくれないじゃないですか。二人っきりになりたかったんですよ、二人に」とか言って、緊張感を失わせる。
 しょうがない子ですね、きみも。などと言われたが、特に怪しまれてはいないらしい。悪い気はしない。
「ねぇ、ここで俺と遊んでくださいよ」
 勤務中ですよ伏見くん、とかいう言葉を聞き流しながら、その白いタイを解く。
 そこには幾つかのキスマークとともに、周防尊がマーキングするかのようにつけた噛み痕があった。半円を描いた歯列の痕、それが皮膚の上へくっきりと残っている。胸の奥が、ジリジリと焦げる。そんな厭な感覚に陥っていた。
 ジャケットを脱がせて、シャツとベストのボタンを外す。
 ただそれだけなのに、まだ触れてもいないというのにこのひとの乳首はツンと尖っていた。いやらしいひとだと思いながらも、それに嫌悪感を抱くというよりは好ましさが覚える。この感情がなんなのか、まったくもって理解できないが淫乱めいたこのひとを見て楽しいのは確かだ。それを独り占めしたくなったのはいつからだったろうか、俺は美咲を、このひとは周防尊を思いながら互いの恋人を思い浮かべながらセックスをしてきたというのに、いまさら独占欲というものが湧いてしまった。何もかもをしりたいし、何もかもを暴き出したい。そう考えて、ここへ来た。
 甘ったるいキスのひとつもせずに、胸に触れる。それは男の胸であるからして、当たり前だが平たい。筋肉がついているものの、鍛えすぎてはいないのでここちよい肌触りだ。少し乾いた肌はサラッとしており、このましい。
 胸を撫でまわしていたが、それだけで尖りきっている乳首を指先で押し潰すように触れる。摘んだり、指先で押し転がすようにしたりしながら、徐々に刺激を加えてゆく。このひとは、もうこれだけで薄っすらと吐息を漏らすまでになった。
「ふ、」とかすかに聞こえた息と、これから起こすことの終着点がどんなことになるのか全く想像がつかない。多分、気持ちいい関係には戻れないだろうこともわかっていた。
 その白い頸筋を下から舐め上げて、耳朶を食む。
 耳朶を何度かにわたってしっかりと食んで、噛み痕を残す。このひとが、すくなくともいまは自分といたという証を残すかのように、存在を噛んで咀嚼して飲み込む。
 残酷なひとだと思うが、同じような関係を四人で続けてきたのだからしょうがないのだろう。俺と美咲、このひとと周防尊――その四人は、次第に関係が変革してゆき腐敗していった。こんなことしか出来ない自分にも、これから起こすことを計画した自分にも吐き気がする。だけれども、実行しなければならない。
 耳朶を食んでいた口を離すと、ベルトを外してパンツと下着を膝まで下げた。すでに性器は勃ちかかっており、緩く芯を持っていた。
「アンタ、ほんっと好きですよね」
「伏見くんの触り方が、あまりにも気持ちいいので……」
 あまりにも気持ちいいので、ねぇ。
 別に誰でもいいくせに、そんなことを言わないで欲しいと思ってしまうのは我儘なのか、それともやはりこの関係が終わろうとしているのだろうか。
 ポケットからコンドームを出すついでに、ローションの入ったちいさなボトルを取り出して、その真っ白い尻に塗りたくる。服が汚れるとかは、この際関係ない。ただ、ローションにまみれた手で尻を揉みしだき、コンドームを被せた指先を肛門へ侵入させた。
 周防尊との関係はこのひとが完全にタチなのだろうことは本人の口から聞いていたので、そこはキツく締まっている。いつも指を挿れるだけでも少し時間がかかるのだが、それはこのひとが俺以外に抱かれていることのない証拠のようでなんだか誇らしかった。
 ――まあ、今日は俺以外にもたっぷり犯される予定だけれど。
 横から抱くような体勢で立ちながら、片手で身体を支えながら、もう片手は肛門を抉じ開けるようにして侵入をつづけていた。ローションのいかがわしい匂いが、倉庫の片隅に溜まっていた。いつもとローションが違うことに、このひとは気づくことはあるのだろうか。何度となく抱き合ったときに使ってきたものと、今回のものは別物だ。
「室長、床に膝ついて尻上げてください」
 そう言えば、言われるがままに王であり上司であり、そして適度な遊び相手であったはずの男がその体勢をとった。真っ白い尻がきれいで、パシッと軽くはたくとうめき声が上がる。
 その姿勢のままでいてください、と言って今日のゲストを連れに行った。倉庫の端、荷物に隠れて見えないような場所へひとつの檻が置いてある。そのなかにいるのは、犬だ。少し毛足の長いそれは大型犬で、吠えるようなことはしないが確実に獲物を仕留める猟犬でもある。その檻の鍵を、そっと開けてやる。俺が首輪とつながるリードを着けると、犬はしばらくスンスンとあちこちの匂いを嗅いでいたものの、標的を見つけたのか迷いもなく走り始めた。
 後背位の姿勢のまま、素直に待っていたあのひとのところへ一直線に駆ける。
 リードを持っているものの、そのスピードはかなり早かったがこれからのことを思うと胸が高鳴った。
「おまたせしましたァ、」
 そう言って目の前に屈みこんで声をかけると、珍しく驚いたようなこえで「伏見くん?」と呼ばれた。
 それはそうだろう、いきなり犬を連れて来たのだから。
「今日のアンタの遊び相手ですよ、ほら、室長の尻舐めろよ」
 リードを手放すと、一メートル以上の体格の犬があのひとが硬直しているのをいいことに飛び掛かり、その肌をベロベロと舐め始めた。
 急いでシャツで腰回りを隠そうとする手をやんわりと止めて、「おとなしくしてくださいよ。アンタ、これからこいつに散々犯されるんですから」と言うとなぜか笑いが止まらなくなった。
 そんなことを言っているあいだも、犬は俺たちにかかわらず鼻先を尻にうずめては分厚い舌で肌を舐めまわした。
「っは、ぁ……やめ、てください。いやです、なんで、なんでこんなこと、」
「さァ? 俺も自分で分かんないんで、室長にはもっと理解出来ないんじゃないですか。それよりもさっきのローション、獣姦AVとかにも使われる動物フェロモン入りだったんですけど、犬がアンタにガン勃ちさせてますよ」
 さっき解した肛門のなかにもローションを塗りたくったので、犬はそれを舐め取るのと興奮しているので止まらなくなっている。長く分厚い舌で何度も舐められ、激しく息を吹きかけられるのを眺めていた。
「あ……っ、はぁ、っ、伏見くんお願いですから、」
「お願いですからって、やめて欲しいんですか? 嘘吐くなよ、アンタも勃たせてるじゃないですか、ねぇ室長」
 そう言いながら、目の前に屈んだままその長い前髪を持って上を向かせる。そんなときも、このひとの目はどこか遠いところを見ていた。
「ああ、アンタが犬に犯されてくれないと俺はセプター4辞めますから」
 かすかに過ぎった絶望の色合いが、その両目に射した。堕ちたな、という感触がした。目と表情が蕩け、快楽を貪ることしか頭になくなるときの、このひとの目線だった。
「はっ、ぁっ……んんっ……!」
「ほら、犬もアンタに興奮して突っ込みたがってますよ、どーします?」
 いくら快楽というものに堕ちているからと言っても、犬に犯されるのはまだ抵抗があるのか逡巡していた。
 それでも犬は本能に従って動いているので、勃起した性器をぬるぬると尻のあいだに押し付けている。犬が腰の上に前脚をつき、そしてぬめらせていた性器で貫くように一気に挿入した。それは人間とは比べ物にならないほどの質量と熱だったのだろう、「……ひっ、」と叫び声を上げ、尻を高く上げたまま射精するのを俺は見ていた。おきれいな上司であり、青の王という肩書のある男が犬に挿入されただけで達した。肌を紅潮させながら、常に気高くあれとしている男が大型犬に突っ込まれて精液をぶち撒けるさまはなかなか見られるものではない。
「しつちょー、ブチ込まれて気持ちいいなら気持ちいいって犬に言ってやってくださいよ、ほら」
「伏見く、ん……やめてください、どうして、はぁ、っ……」
「しっかし、犬みてーな体位で犬に犯されるとか、すげぇ笑えるんですけど。しかもそれでいくとかありえねぇ、」
 前髪をつかんでいるので、表情がよく見える。
 切なげな顔なのに淫乱なこのひとは、こうでもしないと反省しないだろう。
 犬はハッハッ、と荒い息を上げながら腰を動かしている。
「それ、しばらく抜けませんから。犬とかは亀頭球っていうのがあって、つまりアンタの尻んなかで犬のちんこがロックされます。かなり精液流し込まれるみたいですけど、まあ、犬と人間ですしアンタ男なんで関係ないですよね、」
 そう説明しているあいだも、犬はマウンティングしながらいかにも動物らしく腰をカクカクと動かしている。その度に奥深くまで挿入されているのが気持ちいのか、目の縁に涙を浮かべているのが見えた。
 犬が何度か射精をしたのか、生で奥に出されて溜まりきらなくなった精液が床にポタポタと垂れた。生臭い犬の精液にまみれた形のいい尻が、ひどく淫猥に見える。
 二匹の大型犬の交尾のように、いつも清廉潔白であるひとが犬に犯されて喘ぐ。
 浅く荒い呼吸が聞こえて、目の前にいるこちらまでもがその雰囲気に飲まれてしまいそうになる。何度か奥深くまで性器を突き上げられると体力がキツいのか、ズルズルと崩れ落ちそうになるのを「ほら、しっかりしてくださいよ」と言いながらもっと腰を高く上げさせる。
 もうやめてくださいとか、嫌ですといった悲鳴じみた声が聞こえたがそんなことは意味を成さない。
 ただひたすら、いま罰を与えているということに俺は興奮していた。
 目の前に屈んだまま、ジッと見つめていると「お願いだから見ないでください」と懇願された。このひとほどの力があれば、大型犬といえどこんな動物を跳ね除けるのは容易い。だけれども、このひとはそうしないだろう。俺が望む限り、それに応えようと犬に犯され続けるに違いない。
 気づけば、こんなところへ来てしまった。出会ったとき俺は、このひとが遊んでくれることを喜んだし、王同士の関係に介入しようとは思わなかった。それが変質してしまった。このひとを独占してしまいたいと、どこかへ閉じ込めてしまいたいと思いだした。俺のものにならないのならば、いっそこんな風にトラウマになるような事柄を植え付けてしまえばいのだと。
 いつだって、しつこいほどのセックスを求める男だから犬との長時間に渡る行為にも耐えられるだろうと踏んだ。現に、いまは嫌だといいながらも目は蕩けて楽しんでいるのだろうことが分かる。
 前髪をつかみ、よく表情を見ようとして顔を近づけたとき、不意打ちのように口唇にキスをされた。それは掠ったようなものだったけれども、確かに意図を持ってのキスだった。
 そんな余裕が残っていると思っていなかったのもあり、少しこのひとが恐ろしく思えた。
 その恐ろしさを振り払おうと、パシッと片頬を軽くはたいた。
「いまのアンタの相手は犬なんだってこと、忘れないでくださーい」
 薄い鳩羽色をした両目の奥が、しっかりとこちらを映し込んでいた。それは好戦的に睨むでもなく、憎むでもなく、敢えて言ってしまえば憐れみじみたものをもってこちらを見ている。
 そんな目で見ないで欲しい、と思った――。
 路地裏で別れたときの美咲の目のように、憎しみを滾らせてこちらを見て欲しい。そんなやり方しかしらないのだから。
 犬が、何度となく射精を繰り返している。
 直腸に出されるとそれが気持ちいのか、こちらをじっと見ていたひとも余裕をなくして徐々に乱れていった。
「あっ、は、ぁっ……!」
 犬が抽送を繰り返すたび、床に精液が何度も垂れる。
 じゅぷっと水っぽい音が繰り返し聞こえた、きっと結合部は白く細かな泡がたくさん立っているに違いない。一匹の獣に犯されながらも、人間というものを捨てないひとに少し苛つきながらその姿を眺める。
 これは罰を与えているのだと思いながらも、その目線がこちらを見つめ続けていることが少し怖かったと同時に嬉しかった。

 目の前のひとが、そんな姿勢で犯されながら二時間ほど経った頃だろうか、犬が低く唸ってから何度か腰を噛むのが見えた。腰を振っていたのが止まり、奥へと精液を流し込んでいるのかおとなしくなった。
 犬が性器を抜いて離れると、さすがにキツかったのか床に横向きに倒れこんだ。身体を細かく震わせながら、目蓋を閉じている。性器を抜かれた肛門からは、精液が溢れるように流れて尻を汚していた。ドロッとして濃い精液が、絶えまなく垂れている。
 まだ発情している犬のリードを引き、檻のなかへ再度閉じ込めに行ってから戻ってきても、その身体は床に倒れこんだままだった。浅い呼吸が聞こえているものの、意識は少し薄らいでいるのか呆然としている。
「室長、」と声を掛けながら頬をはたいてみる。声は聞こえているようだし、裂けたり怪我もしていないようだった。
「アンタ捨てて帰ってもいいんですけど、タクシー呼びますか?」
 そう聞くと、何度かうなずいたのでタンマツで埠頭先までタクシーを呼ぶ。
 精液まみれの隊服と下着をそのまま着直しつつ、「伏見くん、」と縋るような声で呼ばれる。動けるだろうとは思ったが、余り無理させすぎるのも悪いと思ったので横から抱き上げる。自分より体格のいい男を抱き上げるのは少し難があったものの、倉庫を出て埠頭先に待っていたタクシーの席へ押し込むことには成功した。
「ここから一番近いラブホ、行ってください」というと、運転手は少し訝しんでいたものの、先に金を多めに渡すと了解したようだった。
 十五分ほどして、人目を避けたような最適なラブホに到着した。
 タクシーを降りてから胡乱げにこちらを見ているひとに対して、「アンタ、そのままじゃあ部屋にも戻れないでしょう。一泊してくって、適当に副長にでも後で連絡入れてくださァい」と言うと、納得したようだった。
 ラブホのなかは、しんとしている。騒々しくなく静まり返っているものの、ひとの気配は感じるところだった。一番広そうな部屋のパネルを押して、カウンターでスタッフを呼び出して鍵を受け取る。
 隊服をクリーニングに出してもいいけれど、迂闊なことはしたくないなと思いながら部屋の洗面所で洗おうなどと様々なことをシミュレートした。 
 自分の両肩をつかみ震えつづけているひとを見ながら、目当ての部屋番号を探し、そこへ上がり込んだ。
 このラブホのなかで一番広い部屋を選んだものの、余計な自販機や宣伝の部類は部屋になかった。シックな雰囲気で、黒を基調にまとめられた部屋は落ち着きを与える。
 ウェルカムドリンクとして用意されていたミネラルウォーターのペットボトルを二本つかみ、靴を脱いで突っ立っているままのひとを脱衣所へ押し込んだ。
 ジャケットやシャツ、ベストが皺にならないよう注意を払いながら脱がせてゆく。
 それにつづいてこちらも服を脱ぐ。普段は超然としているひとが、落ち着かなさげにしている様子はなんとなく不安感を煽るものだった。
 そもそも、ここまで面倒をみるつもりはなかったのだ。犬に犯させて、鳩羽色の目をしたひとが堕ちてゆくさまを見られればよかったし、その後は放置して帰ろうと思っていた。何かがおかしい。何かが狂っている。どこからか、このひとの思い通りにさせられているような気がした。
 頸筋に残っている周防尊がつけた半円状の歯型を見ながら、ふたりとも全裸になったのを確認すると、浴室へ無理に押し込んだ。
 適温にしたシャワーを上から浴びせかけると、ようやくいつもの正気を取り戻した。すみません伏見くん、というのを聞き流しながら、なんでこのひとは俺に謝っているのだろうと思った。
 浴室のタイルへ、犬に中出しされた精液が何滴もしたたり落ちた。
「それ、俺が掻き出すんで脚開いてくださいよ。どうせ自分じゃ上手くできなさそーなんで、」
 そう言うと、正直に片脚をバスタブに掛けた。パタタッ、と生臭い精液が落ちる。
「体勢辛かったら、俺の肩辺りにつかまっててください」
 片手にシャワーを持ち、もう片手で閉じた肉襞を抉じ開ける。肉襞のあいだから、何度も射精された証拠に白濁が垂れてくる。
 おかしくておかしくて笑ってしまう、と思った――。
 自分で犬をけしかけておきながら、ここまで事後の面倒をみる意味が分からない。ただこのひとが、俺の手の届くところへ堕ちればいいと願いながら、単純作業のように精液をなんとか掻き出した。
 だいぶ後処理出来たかな、と思っているとバスタブに掛けていた脚がタイルの上へ揃えられた。
「伏見くん、こちらを向いてください」
 そう言われてシャワーをフックへ戻してから向き直ると、脚元へしゃがみこまれたかと思った次の瞬間、普通に萎えている状態だった性器を持ち上げて舐め上げられた。ひどく巧みな舌の動きによって、次第に芯を持ってゆくのが自分でも嫌というほど分かった。互いに単純な身体が憎くなる。
「何してんすか、アンタ」
「きみが寂しそうだったのと、私はこれくらいでしか慰める方法をしりませんので」
 そんなことを言っても、どうせ周防尊にもおなじようなことしてるんでしょうとか、いい加減にしてくださいとか嘆きたかった。嘆いても届かないことを理解していたので、口には出さなかったけれど。
 そんなことを叫びだしたいというのに、身体は馬鹿正直に反応して勃たせてしまう。
 ふふっ、と余裕を取り戻したひとが笑った。そんな風に笑ってもらうために、ここへ来たわけじゃないのにと思っていると一気に性器を飲み込むように咥えられた。前髪が身体にあたって、少しこそばゆい。
 咥えたまま、こちらを上目遣いに見てくる。吸い込むようにして、頬をすぼめながらその目線で見られることに弱いのを知っている、そう確実に知っているものの目だった。
 初めてこのひとにフェラされたときは、単純に気持ちよかった。だが、いまとなってはひたすらに胸が苦しいだけだ。
 紺藍色の髪を思いきりつかんで、もっと喉の奥まで挿入する。食道へ、ズルッと入った性器が呼吸を邪魔する。強引にイラマチオさせていると、思いきり噎せて咳き込んだのが見えた。それでも構わずに続行する。苦しいのだろう、嫌がるように顔を振って逃れようとする。それをつかまえては食道へ捩じ込む、しばらくその繰り返しだった。
 太腿を叩いて、嫌だと抵抗するのでおとなしく離すことにした。浴室のタイルの上へ、唾液を垂らしながら咳き込む姿があった。
「チッ、中途半端なことしないでくださいよ、」
「伏見くんが辛そうだったのを見てられないんです……すみません、私があそこまで追い詰めてしまって」
「は? なんか勘違いしてないですか? アンタ、俺のけしかけた犬に犯されといて何言ってんだよ、」
 そう言っても何をしても、このひとが俺を許すだろうことはしっていたしわかっていた。ただ、どこまでやったら手放されるのか試したかったのだ。
「きみが私にしたことは許されることではありません、ですが、私がきみにしてきたことも当然許される訳がないですから」
 分かるような分からないようなことを言いながら、脚元にペタンと座りながら口唇を俺の太腿へ押し付けた。そして、太腿の内側をきれいな歯列できつく噛んで吸い上げる。キスマークを付けられながら、そんなことをしても無駄なのに――と思いつつも、悪い気はしなかった。
 このひとから離れるとき、俺はひとりきりになるのだろうか。それとも、添い遂げてくれる誰かを見つけているのだろうか。はたまた、このひとがその存在となってくれるのだろうか。
 様々な疑問を抱え込みながら、何度も太腿の内側を噛むひとの前へ屈み込み、嘘の味しかしないような甘ったるいキスを三度繰り返した。深く喰い合うようなキスを、このひとが他の男としているだろうことを頭に浮かべながら、それを許容出来ない自分を認めつつキスをした。
 甘ったるいローションの匂いを掻き消すように、シャワーは水を降らせている。何もかもを許すように、消してしまうように、水はすべてに等しいやさしさをくれる。いつだって平等過ぎる目の前の上司にも、その水はスロウモーションのように降り注いでいた。

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