【シェオブ】服従の手

Hasmi/ 3月 4, 2018/ 小説

寒いね、と彼が言ったから手を繋いだ。
ただ、自然にそっと手を差し伸べてそれを見た少年はなにかを確認するように、撫でるように指を絡め手を繋ぎ返した。
人差し指が、中指が、五本同士が絡まって十本のかたまりになる。絡みあい、温度を運んでくるのだ、生きている証の体温を。
落ち葉が踏みしめるたび足元でくしゃりと砕け、彼はそれを蹴り上げるように笑って歩いている。
そっと横顔を覗き込むと、「やっぱり手を繋いでも寒いね、」と苦笑が返った。イェール近郊の冬は故郷より寒くないけれどな、と思ったがなんとなく言いそびれて無言のまま二人は歩いた。
休日になるとサーフはアパートに遊びに来る。
遊びに、というか暇つぶしにじゃれあいに来るというのが正しいのだけれど。
ふと、した瞬間にああ子供なのだなという顔を見せられるとはっとするというか安心する。華奢で幼さを残した身体に詰め込まれた理知的な頭脳、そこからはみ出た子供らしさを見せられたとき、ヒートは愛しいというか保護欲に似た感情を感じるのだ。
煉瓦敷きの道路を歩き、一昨日降った淡雪で湿った道を曲がると、そこは建物の陰になっていてよけい寒さを煽った。
「さっむ、お前何でマフラーしてねえんだよ」
「寮は温かかったから、いらないと思ったんだ」
「お前にしちゃ無用心だな、」
「そうだね」
そうだね、と言った次の瞬間、思い出したようにヒートを見上げて少年は悪戯をするように笑った。
「でも、マフラーも手袋も忘れたお陰でヒートと手が繋げた」
「何言ってんだよ、」
「あ、このままコートのポケットに手を入れたら暖かいかな、」
そう言って、ヒートのポケットに手を入れると「あったかいね、」と幸せそうに笑った。子供じみた顔で、プレゼントを受け取った瞬間のように少し驚きが混じった顔で幸せそうに嬉しそうに彼は笑っていた。
街は雪と、暮れかけた日に映えるイルミネーションで溢れかえっている、それは世俗的でもあり切り離されたように崇高な眺めだ。

アパートの入り口に着いたところで、「離したくないけど、」と言ってサーフが仕方なさそうにポケットから手を抜き取った。
ポケットの中に残ったのはヒートの手だけ。
急にぬくもりを奪われた片手は、熱を持て余すかのように少し汗ばんだ手のひらを開いたり閉じたりとポケットの中で繰り返した。さっきまであったあの温かさは羊水に似ている気がする、母胎の温かさのようになまぬるい適温、そんな手の温度がずっと欲しいのに。
「じゃあね、今日は帰るよ」
「寄っていかないのか?」
くすりと笑ったサーフがアパートのドアに寄りかかった。
「ヒート、握手の意味は知ってる?」
「意味?そんなのあんのかよ、繋ぎたいから繋ぐだけだろ、」
違うよ、全然違う。不正解。
「どこかの本で読んだ受け売りだけど、右手は友好の証なんだって。」
「へぇ、だけどお前と繋いでたのは左だぜ」
サーフが満足そうに頷いた。
「左は心臓に直結している手、そして服従と愛情の証。君が差し出したのは左手、そして僕が握り返したのは右手。そういうことだよ、」
服従でもいい、彼が自分を見てくれるのなら。この眩しいくらいの存在がひとときでもこっちを振り向いてくれるのなら幾らでも従おう。
ヒートはそう思い、もう一度「寄って行けよ、」とドアを開いた。
とっくに服従していると彼は知らないのだろうか、この感情とやるせなさを。

ドアは重い音を立てて、二人を閉じ込めた。

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