【乱寂】神を犯すということ。

Hasmi/ 4月 30, 2018/ 小説

 セフレというものはどこからどこまでなのだろう、とかんがえて僕はそこで思考放棄した。かんがえても益体にもならないそれはただ思考を占領するだけで、結局のこと繰り返せばなんの役にも立たないからだ。ふたりで家飲みするのもいいかもしれないとおもったけれど、僕は寂雷にアルコールがはいるとどうなるかを一度みたことがあるので飲ませたくはない。なので僕だけ飲んで、寂雷には甘ったるい希釈用のジュースを出していた。マンゴー味のそれは一度飲んだら不味すぎて放置しておいたもので、僕が飲まないからこの男に飲ませようとおもっただけだったけれど、何も変わらない顔をして飲み干している。「ねえ、不味くないのそれ」ときくと、不思議そうな顔をしてこちらを向いて「おいしいけれど?」とこたえる。味覚がおかしいのだろうかとおもいながら、そうだこの男はもうとっくに壊れているのだったとおもいだす。だってそうだろう、かつてのチームメイトとセックスをつづける関係だけを延々終わらせないだなんて狂ってる。しかも僕たちは互いをいがみ合っているのに、だ。まあ、セックスといっても勝手にオナホ扱いしているだけなのだけれど。そんなたわむれに目の前の男は付き合っている。ほぼ不感症のくせに、ちゃんと処理をしてまで僕のマンションへ来るのは何が面白いのだろう。もしかしてゲイなのだろうか、でも、それならば寂雷くらいの見目をもっていれば男なんて選び放題にきまっている。それを嫌がらせのように僕のところへ来る。そうか、とおもった。互いに嫌がらせなのか。嫌っている男に抱かれて、嫌っている男を抱く。そうおもうとおかしくて僕は笑ってしまう、そうかそうだったのかと理解した。「さっさとしようよ、僕がまどろっこしいの嫌いなのしってるくせに」「飴村くんが急くとはめずらしいね、そんなに私の身体が好きかな」「好きだよ」まあ嘘だけど、とうちのチームメイトのようなことを内心でつけ加えていうと、すくなからずおどろいたような顔をしながらまばたきをしてこちらをみつめる。あまりにもおかしかったので、「寂雷、好き」甘ったるいお気に入りのロリポップのような声音でいうとくちを閉じながらまばたきを繰り返している。馬鹿みたい。「寂雷も僕のこと好きでしょ?」「……いや、私は」嫌いだというのだろうその瞬間、隣に座って喰らいつくようにキスをした。身長差があるのでフロアクッションに座っているといえど、かなり背伸びをしなければならない。だけれども僕はこの男にキスをすることに成功した。すこしくちにアルコール残ってるけど平気かな、などとおもいながら舌を挿しいれる。べつに口腔内にわずかに馨っている程度のアルコールなら大丈夫なのだろう、人格が変わることもなく舌を受けいれた。「んっ、」というのがきこえて、それは喘ぎはじめているような鼻にかかるものだったので僕は気分をよくする。「寂雷の飲んでたジュースまっず、」嫌そうに一度くちを離していうと困ったように眉根を寄せた。「ねえ、僕がきみのこと好きだってしってた?」嘘でしかないけど、どこかの誰かのように途方もない嘘をつくのはすこしおもしろくてしかたない。「こころにもないことをいうものではないよ、」「じゃあいまだけ信じてよ」そういいながらこの世の中で一番辛気臭いとおもっている男にふたたびキスをした。二度目はそのつもりだったのだろう、ふたりして示しあわせたように舌を絡め合う。舌先を齧ると呻いたので、僕はひどく楽しくなりながら何度も甘噛みをした。やんわりときずつけない程度の甘噛み、それは僕たちの関係に不釣り合いで笑えるほどおかしい。くすくすと笑いを漏らしながら僕と目の前の男はキスをする。それはまるで恋をしたての恋人のようだ。恋というものはここにはないというのに、何度もくちびるを重ねる。ああ、泣かせたいなあとおもった。この男を泣かせて壊してしまいたい。そもそもこの男に涙は備わっているのだろうか、そういえば何度もセックスをしているような関係でもみたことがなかった。ひどくしても壊れないのだろう、だってこれだけおおきいのだから。僕よりも四十センチ高い身長と体躯は細身でも男のものだ、いつも遊んでいるおねーさん達とは完全に違う。あんなにやわらかな曲線をえがかないし、どちらかといえば直線と角とすくない曲線で出来ている。それなのに顔はどんなおねーさんとも較べられないと来るほどきれいだとおもう。そうだ、僕がこの男のことを苦手な理由のひとつは整った顔をしているからだ。みにくければいいのに、みにくければおもう存分おまえのことを憎めるのにかろうじて嫌い止まりなのはこの顔がいけない。それでも世界で一番嫌いなのだけれど。嫌い、その意味ではこの広い世界でおまえが一番だよ。寂雷の膝に手をついて、身を乗り出して口唇を合わせる。しばらくキスをしてから「じゃくらい、ベッドにいって」というと、たちあがってベッドの上へ乗るのがみえた。この男が僕のいいなりになるのは悪くない。ミントグリーンのシーツに皺が寄って、ペールピンクの掛け布団がよけられる。そしてまた僕は最低な嫌がらせのように「寂雷、好き」とささやきながらベッドにつづいて乗る。僕の部屋のベッドはおねーさん達が来ることもあるからおおきめのサイズを買ったものの、この男の身長の前には普通サイズにみえる。「飴村くん、その言葉はその、すこし」「いや?」わざと目を潤ませながら上目遣いで寂雷を見上げる。この男がこんなものに引っかかるとはおもえないけれど、それでもすくなからず効果はあるに違いないとおもっているからだ。「酔っているのかい、」「はあ? 悪いけど僕かなり飲めるのしってるでしょ」「じゃあ、」「だからー、寂雷が好きっていってるんだけど」嘘だけど。嘘をつくということは、嘘で目の前の人間を翻弄するということはこんなにも楽しいことだったのか。しらなかった、嘘なんてほとんどつかないから忘れていた。この感覚は確かに麻薬だ。寂雷は困ったといわんばかりにすこしうつむいてベッドの上へ膝を立ててすわっている。「なーんでそんな顔するの、いや?」「だって私ときみは、」いがみあう存在だ、そういいきられるまえにベッドの上に座っている寂雷の立てている膝に顔を寄せて「いやなの?」ときいた。大抵のおねーさんはこんないいかたをすれば落ちる。寂雷はどう出る? 落ちるのか落ちないのか、それともべつの方向にもっていくのか。「しょうがないね、たまには甘えてもいいよ」といわれて僕は寂雷の細い腕にギュッと抱きしめられる。落ちたな、とおもった。あとで壊すのが楽しみでしかたない。「甘えるのは寂雷の方でしょ、」といいながら脇腹に手を這わせる。エアコンが二十三度にたもっている部屋のなかだからか、それともいつもと変わらずにといえばいいのだろうか、その皮膚はてのひらが吸い付くような肌で触れているのは気分がいい。嫌いな男の皮膚に触れて気分がいいだなんて、僕も大概おかしくなっている。寂雷がベッドに置いてあった星型やユニコーン型のクッションに凭れて、「脇腹は、」といった。「触ってもよくないから駄目なの、っていうかきみの不感症みたいなのどうにかならないの」「私は不感症ではないし、飴村くんとのセックスでもいけるよ」「時間かかるけどね、あ、歳食ってるから遅いのかなあ。ねえねえ、どうだとおもう」「ひどいいいようだね、」「本当じゃない?」そういったあとに、「脱いで、」とだけみじかくいうと寂雷は着ていた五分袖の薄手のリブニットも下も脱いで床に落とし、グレーの下着だけになった。身長百九十五センチの男が、僕のファンシーポップな部屋のなかで黒っぽい服を脱ぐのはどこかおかしい。楽しいという意味でも、狂っているという意味でもそれはおかしいのだ。「こういうときだけ素直だよね、でもそんな寂雷のことも好きだよ」僕はどんどん嘘をつくのがうまくなってきたんじゃないかと自分でもおもった。好きだという言葉を端々に散りばめる、それは暗闇で光る星のようだ。まあ、実際は吸い込んで逃さない言葉のブラックホールなのだけれど。「勃ちかけてる、」といってくすくすと笑いながら、僕は長い脚をもてあますようにベッドの上に座った寂雷の脚を割って「みせてよ」というと下着越しに性器に触れた。僕たちのあたまの上ではサークル状に連なったユニコーンがメリーゴーラウンドのように回っている、それは最近買ったインテリアのひとつだ。ユニコーンのたてがみが寂雷の髪色に似ているのがすこし気に食わないけれど、それでもこの部屋に似合うとおもったから購入して吊るした。「触っていい、ってきかないでも触るけど。あっは、なにこれ、不感症のくせに硬くなってるの?」はあ、と深い溜め息がきこえたあとに「だから、さっきもいったけれど私は不感症ではないよ」「じゃあ、僕とのセックス好き?」「……ちゃんときもちいいよ、」おもったがままの言葉を引き出せなかったことに舌打ちをしながら、「僕は好き、」とささやくようにいってやる。これはまるで洗脳だ。実験のひとつなのかもしれない。この甘ったるい部屋のなかで、甘い僕とのセックスに溺れて好きというのか嫌いというのかの駆け引きをする実験。下着の上から引っ掻くように撫でると、じっと僕の顔をみつめているのが分かる。無様に喘ぐなり何なり、なにかしらかわいい反応のひとつでもみせたらいいのにとおもいながら、まあそんなことされたらきもちわるすぎて萎えるけどともおもった。それでもカリカリと引っ掻くように撫でつづけていると、息がわずかに荒くなってくるのがきこえる。寂雷の息遣い、それはこの男が僕によって興奮しているということのあかしだ。この世の中で一番嫌いな男が自分の手で息を荒げているという事実、それに僕はたまらなくなる。上昇するような感覚だ。意識だけが昇りつめてゆくそれに僕は視界をクラクラとさせながら手で触れつづける。「きもちいいの、」「……いいよ、」ふうん、といいながら下着の上から上下に手を動かす。硬度が増すのが分かっておもしろい、男の身体というものはどんなおねーさん達よりも単純明快だ。明快、というのはすこし言葉が違うかもしれない。分かりやすいだけで、分かりやすすぎてつまらない部分もある。ベッドに手をついた寂雷が膝を割られながら性器を撫でられている。でもこれはすこし愉快な構図だな、とおもった。身長四十センチ差の、患者からは神とも崇めれ慕われているような清廉とした男が空気を取り込もうと必死になっている。斜め下を向きながら、はくはくとくちをあけて呼吸を繰り返す。長い髪がバサッと落ちて影になって顔がよくみえないのがくやしい。「寂雷、こっち向いて」僕が正面から手を伸ばしたままいうと、ゆっくりこちらを向いた。それは蕩けた顔をしている。目の奥がブレているかのような、そんなセックスという行為を期待しているそれだ。「もっとみて、僕を視認して」我儘をこねるかのようにいうと、みているよとでもいいたげにジッと視線をよこされる。その目の奥には僕が映っている。目の真ん中に、僕がいる。おまえのこころの中心にはいないのに、目の中心にはいるんだねとおもいながら「直接触ってほしいの」ときいた。そっとうなずかれる。その瞬間、サラサラと髪が揺れていたのをみて、おもわず僕はこの端正な容姿の男がほしくなる。嫌いだけどもっておきたい。嫌いだけど所有したい。それはおかしいのだろうか、ありえない思考だろうか。セックスだけで手にはいるのならば手の内にいれてみたい。だけどこの男は何度セックスを繰り返しても、最終的な地点までは落ちてこない。まるで神のように上から僕を見下ろしている、そして、そういうところがすごくむかつく。「触ってほしいならお願いしてよ、ほら、じゃくらいにうまく出来るかなあ?」わざと苛立たせるようにいってみたものの、さほど何も感じていないのか「飴村くんに、さわって、ほしい」と切れぎれにいった。そうじゃないんだ、と僕はキレそうになる。そうじゃなくて、僕に縋って僕だけしかいなくて僕だけをみて嫌っていてほしい。そんな簡単に乞うな。「ハッ、なにそれ、寂雷センセープライドないの?」「私はきみに対してプライドなんてとっくにないよ、」「うそつき」さっきまで自分が嘘をついていたことを棚上げして、僕は寂雷を責めながら下着を剥ぎ取った。そこにある性器は僕が不感症と罵ったわりには屹立していた。「すこしやわらかくない、やっぱ歳だよ歳。あーあ、僕は永遠に二十四歳でいたいなー」ベッド脇においてあるこれまたファンシー系なチェストのなかからローションボトルを取り出すと、「べつにあっためなくていいよね」といって直接ローションを性器に垂らした。ひんやりしていたそれがいきなり垂らされて驚いたのだろう、ビクッとするのがみえてすこし楽しくなる。つめたいローションに反応したのか、屹立していた性器は萎えるのがみえた。「あーあ、やっぱり不感症決定。最低。悪いとおもったなら自分で擦ってみせてよ」「それは自慰をしろということかな、」「そうそう、オナってみせてっていってるの。寂雷センセーのオナニーショーみたいな僕」そういうと、ベッドとクッションに凭れて、片手を性器にそえるのがみえた。僕はまるで肉食動物が草食動物をみるかのように、ジッと獲物である寂雷をみつめつづける。最初はおずおずと触れながら上下に扱いていた。髪、邪魔じゃないのかなあとか余計なことをかんがえつつも僕は目を離さない。一瞬たりとものがしくなかったからだ。そうだ、僕はおまえをのがさない。その身を食い破ってやるのはこの僕だけだ。そして僕は完全になるのだろう。それはべつにテリトリーバトルのことを指しているわけではない、ただたんに飴村乱数として神宮寺寂雷を喰いたいという欲求だ。上下に扱きながら、うつむいていた寂雷はゆっくり顔をあげると僕をみつめた。目線がかち合う。それは蕩けた目だけれども、その奥に強い意思が感じられるもので僕はゾクゾクしながら「いいね、それ。僕をオカズにしてよ、なんならストリップでもしようか?」といった。さっきまで萎えかかっていた寂雷の性器は、僕をみてから勃っただろうか。おおきな手のなかにあるそれをみるよりも前に、僕はわざとらしい所作で「飴村乱数くんのストリップでーす、」といいながら一枚一枚服を脱ぎ散らかしてゆく。ベルトを抜いて、今日着ていたハーフパンツも脱ぎ、下着一枚の姿になってから「どう、興奮する?」ときく。寂雷は手を止めずに僕をみながら扱きつづけていた、「寂雷の難しそうにみえて単純なところ、僕好きだなー」といってキスをしながら性器に触れてみた。「普段不能同然のくせに、こんなにガッチガチにさせて何かんがえながらしてたの」「あめ、むらくんのことを、かんがえながら」目だけではなく頭も快感に蕩けているのだろうか、僕のことを考えながらオナったという寂雷がもう一度とキスをねだる。「キス、好きなの」「あめむらくんとのキスはすきだよ、」「じゃあ僕のことはー? ってきいてやらないけどね」といってふたたびキスをする。唾液を流し込むと、音を立てて飲むのが分かった。舌が熱かった、いつもより熱いとおもったのは気のせいだろうか。重なり合うそれは生肉だ。口腔内のなかで、極上の生肉のような舌が擦れ合う。口蓋を舐めると「う、」と呻くのがきこえて、おもわず何度もそれを繰り返した。皮膚がざわめいた。ぞわりとしたそれはさざなみのように全身を走り、僕は急き立てられるようにおおきくくちをあけて舌を擦る。この男は舌使いとキスが上手いが、僕は負けず嫌いなので舌先をやんわりと噛んだ。甘噛みに弱いことはしっている。何度も甘噛みをすると、「は、あっ」といいながらくちを離した。「僕、ご老体のセンセーにセックスで無茶させたくないなー」「私はまだ三十五歳だよ」「十一歳上なんて年寄りじゃない?」「おや、飴村くんは私とのセックスに飲まれるのが怖いのかな」「なに、そのやっすい挑発」「やすくても挑発は挑発だよ、」「いいよ、乗ってあげる。その代わり今日は壊すよ」「楽しみにしているよ、」そういいながら、ベッドにあおむけに身を横たえた寂雷の膝を開かせて、「クッション、腰の下に敷いてよ」といって敷かせてから肛門にローションボトルを突っ込んだ。ブチュッとローションが出る音がして、ボトルを抜くとすこし垂れてくるのがみえた。指を挿し入れるとすでにそこはいま出したローションでぐちゃぐちゃになっていて、おねーさん達の膣よりもこっちの方がいいだなんて僕も大概おかしいよねえなどとおもった。寂雷は指一本挿れられたくらいではあまり感じないのか、「感度悪い不感症センセーは何本指いれてほしいの」ときくと、僕のロリポップみたいに甘い声で「三本かな、」と返ってきた。ローションでズルズルになっている肛門に、一旦指を抜いてから三本まとめて突っ込む。「ひっ……あ、ああっ」「寂雷、僕とやりすぎてガバガバなんじゃない、三本一気にはいったんだけど」わざと呆れたようにいってみせても、もう指の感覚しか感じ取れなくなってしまっている寂雷はただただ喘ぐことしか出来ないでいる。「あめむら、くんっ、もっと、もっとしてほしいっ……」「これでも結構奥まで突っ込んでるのにまだなの?」淫乱、といって太腿をきつく噛みながら指を奥までいれる。キスマークを残すのではなく、噛み痕が残ればいいのにとおもったくらいつよく噛むとギュッとなかがしまるのが分かった。「あ、ああっ、あめむらくんっ……すごくいいっ……」「ねえしってた? お医者さんって変態がおおいんだっていわれてるよね。寂雷センセーも淫乱な雌だからあてはまってるんじゃない」「あめむらくんっ……いいっ、奥、きもちいい」普段からこのくらい素直でもいいのにとおもいながら、僕は指で寂雷を犯しつづける。何度か太腿に噛み付いたけれど、つよく噛まれるのがいいのかそのたびに締まったし悪い気はしなかった。前立腺のある辺りを擦ると、寂雷が悲鳴じみた声を上げながら背を弓なりにそらす。「無理……あめむらくん、それは無理っ……」「僕さあ、寂雷が無理とか怖いとかいうのきいてみたかったんだよねえ。しかもセックスで。おもったより楽しいね」僕の名前を呼ぶのをききながら、何度も何度も前立腺を指で擦ると「あ、」とおどろくようにいうのがきこえた。それにつられて寂雷の顔をみると、パチパチとまばたきをしながら涙をこぼしているさまが目にはいる。両方の目から頬と胸元にポロポロとおちるそれはみたことがなかったもので、そして僕がみたがっていたやつだ。「きもちよすぎて泣いたの? 寂雷、年寄りだから涙腺まで弱くなってるんじゃない」と揶揄いつつ、その涙をこぼす神宮寺寂雷という男のもつ聖性さに僕は歯軋りしたくなった。どこまでも地に落としてやりたいとおもっているのに、この男はやはり天上の神のようにうつくしい。泣くすがたさえ、こんなにもきれいなのだ。あまりにもむかついたので、指を雑に抜いて「挿れるからもっと上げて、」というと涙をこぼしながらクッションの折れているところへ腰を乗せる。ローションでドロドロになった肛門は、僕にとって女性器よりはグロテスクにみえない。ただの穴だ。擦って出し入れするだけの穴。それだけでよかったのに、おまえがこんなにもうつくしいから僕は寂雷のいるこの世界さえも嫌いになりそうになる。挿れるともなんとも断らずに、唐突に挿入されたことにおどろいたのかふたたび涙をこぼすのがみえた。「ひ、ああっ……あめむらくん、の、おおきいっ」「どうせ寂雷のことだからシンジュクディビジョンのふたりのことも食べてるんでしょ、それと較べてるの」「ちが、う……私、はあめむら、くん、しかしらないからっ……」「ほんとうにー?」「私は、きみにうそはつかないよ、」「じゃあ僕もいってあげるね、寂雷のこと好き。前から好き。ずっと好き」嘘をつくというのはなんという快感なのだろうとおもった。相手が翻弄されるのをみて、内心あざわらうのだ。嫌いにきまっている。おまえがこの世の中に生きている限り、僕はおまえが嫌いだと胸を張ろう。うちのチームメイトは教えてくれなかった、嘘をつくことがこんなにも甘ったるいだなんて。「ねえ、すき。寂雷も僕のことすきだよね」「……私、は、」「はい、タイムオーバー。セックス中にきみのうるさいおしゃべりきくの僕きらーい。これでも舐めてれば?」そういって、ベッドサイドにいくつも転がっていたロリポップの包装を雑に破ると寂雷のくちに差し入れた。コーラフレーバー苦手だから寂雷にあげてよかった、とおもいながらロリポップをくちに突っ込まれた男の顔をまじまじとみる。ロリポップなんてものは食べ慣れないのだろう、いきなりくちにいれられたそれをもてあましているようにみえた。「それ、くちから出したら今日は終わり。せいぜい溶けるまで泣いてればいいんじゃない」そういいながら、性器を奥まで挿れて腰を揺すった。「う、う……」とロリポップをくちにしながら呻くのがきこえて、寂雷の喘ぎ声も厭じゃないけどこれも案外いいななどとおもう。くちから出したら終わりだというのをまもっているのだろう、寂雷はクッションの上に腰をあげながらくちからロリポップの白い棒を咥えている。クッとくちびるを横に引いて、声を出すまいとしているのが分かる。そんなにこの男は僕とのセックスに固執していったい何になるのだろう。まあ、僕もこの男に固執しているといったらしているのだけれど。互いに嫌い合って、喰って、喰われて、そしてそれぞれの存在の供物になるのだ。そうだ、僕たちはいわば供物だ。互いがいなければならないその身に、自分がもつすべてを差し出している。「キリスト教? あ、それとも寂雷、座禅とか好きっていってたから仏教とか? ねえ、神って信じてるの。この世界に神はいるとおもう、僕はおもってないんだけど神様っているとしたらものすごい不公平なかんがえで自分のことしかかんがえてないよね。ただの暇潰しでしょ、僕たちが作られたのだとしたら。最っ高で最低な思考の持ち主じゃない、それって。僕、上から目線きらーい」ガツガツと腰をぶつけながらそんなことをいう。寂雷はきいているのかきいていないのか、僕の顔をみつめてロリポップをくちにしたまま呻いている。神というものがいるのだとしたら、それはきっと神宮寺寂雷という僕の大嫌いな男のすがたをしているに違いない。中指を立ててやりたい、この男の存在のようにファック・ミーと誘惑してくる神をその中指で犯してやりたい。「おいしいでしょ、ロリポップ」というと何をいいたいのか分からない顔でこちらをジッとみる。それは蕩けていつつもつよい意思を感じて、僕はさすがこの男だとおもいながら抉るように腰をつかった。呻く声がして、くちの端から唾液が垂れた。それを手の甲で拭っている。あくまでもロリポップをくちから出さないらしい、そんなに僕とのセックスは価値があるものなのだろうか。べつに僕と寝たからといって、弱みになるわけがないのだしこだわる必要性が分からない。そういえば太腿を噛んだときに締まったなとおもいながら、身体をさらに前傾させて脇腹を噛んだ。肋骨の下、そこはしなやかな皮膚でやわらかだ。そこをきつく噛む。痛いであろうことも何もかもがこの男の快感なのだろうとおもいながら、歯を立てると想像通りにギュッと締まった。十一歳年下の、仲違いした小学生にもみえる嫌いな男に犯されているのはどんな気分なのだろう、僕にはわからないとおもいつつ何度か脇腹を角度を変えて噛んだ。歯型が残ればいいとおもった。家に帰って着替えるとき、僕のことをおもいだしたらいい。屈辱を噛みしめればいいのに。何度も締め付けられたので、さすがに一回出さないと無理だなとおもっているとロリポップを咥えた寂雷と目が合った。その瞬間、僕はさまざまな過去のしがらみと感情に支配されてきづけば腰を激しく打ちつけていた。「寂雷、いく、中に出すから、」そういって腰をぶつけるとローションがグチュグチュと音を立てて、寂雷は声を上げることも出来ずに呻きながらこらえうつむいていた。「じゃくらい、もういく、」そういって僕が中出しした瞬間、おおきくガリッという音が立った。それは寂雷がロリポップを噛み砕いた音だ。なんで僕のいいなりになって、おとなしく舐めていたのか分からない。たぶん、僕には永遠に理解出来ないのだろう。

 事後、交互にシャワーを浴びて元の服を着直す。シーツは後で替えておこうとおもいながら、精液の匂いを消すように空気清浄機のスイッチをいれた。ブーンと低い稼働音がして、空気清浄機は僕たちの行為の匂いを掻き消してゆく。ファンシーポップな雰囲気の部屋に置かれた白くて四角い空気清浄機はすこし異質だ。まあ、そんなことをいったらエアコンだって異質かもしれないけど。「そのまっずいジュース、全部飲んでっていいよ」といいながら僕は寂雷の隣にすわって、ふたたびアルコールを摂取する。べつになんでも飲めるのだけれど、今日は白ワインの気分だった。そして、おもいだしたかのように嫌がらせの一環として「ねえ、僕、寂雷のことすきなんだけど」と甘えるようにいってみせる。隣にすわっている男は長い髪のせいでうまく表情がみえない、ただ、ジュースを手にとって飲み干してから「……私はきみが嫌いだよ、」としんみりと、だがはっきりした口調でいった。嫌いだと、おまえがその声で、存在で、くちでいうのだ。これ以上の幸福があるだろうか。おもわず爆笑すると、ギョッとしながらこちらをみた。そのときの顔をおまえにみせてやりたい、寂雷本人にみせつけてやりたい。「馬鹿じゃないの、嘘に決まってるし寂雷だって分かってたでしょ。僕も嫌い。大っ嫌い。分かったらさっさと帰っていいよ、またしたくなったら連絡して、僕もそうする」「虚しくないのかな、」「は? なにが虚しいの、分かりきった関係でセフレでしょこれ。僕のことを分かったようにいわないでくれる」「きみはつよくてかなしい子だね、今日は帰るよ」そんな言葉を残して寂雷が帰ったあと、僕はベッドのシーツを替えてドラム式洗濯機の窓部分をながめていた。そのなかでは僕たちがセックスをしていたときに敷かれていたミントグリーンのシーツがぐるぐると回転している。「わけわかんない、さっさと死ねばいいのに」僕らの残滓は洗濯機のなかですすがれて、脱水されて、そしてきれいになってゆく。何もなかったかのようになってゆくのだ。つよくてかなしい子だなんて、しったようなことをいわれたくない。あの男になにが分かる。僕はみんなが好きで、あの男だけ嫌いで、そしてそんな世界でいきている。これは虚しくなんてない。かなしくもない。ただひとつおもうことは、あの男はやはり神なのであろうということだ。ファック・ミーと誘ってくるこの世界の神を今日も犯した。僕は、僕だけはこの世界に反逆する。神を、神宮寺寂雷という男を犯し壊してみせよう。

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