【猿礼/Web再録】マリアージュ・マリアージュ

Hasmi/ 2月 5, 2019/ 小説

 めずらしく、真っ昼間。有給を合わせてとって伏見くんと行きたいところがあるのですといわれたので、どこへいくのかと任せてみたのだがここはどうみてもホテルだ。それも、以前何度か使ったことのあるラグジュアリーホテル。タクシーを降り、フロントでの手続きを済ませるあいだ、ソファにすわって待っていると「今日は先にこちらですよ、」といわれた。フロントの右手奥がサロンになっているのだが、若い女性がやや目立つのでなにかとおもっていると「この席にしましょうか、」といいながら腰を下ろしてテーブルを決めたようだった。テーブルはシックな黒で、椅子と合わせてデザイナーズであることがわかる。
「――なにかあるんですか、ここ」と気怠げにきくと、「スイーツビュッフェです」と楽しそうに答えられた。はあ、と疑問系と脱力のあいだで対応すると「ですから、一度スイーツビュッフェというものに来てみたかったのですよ」と繰り返すようにいわれる。そのくらい二度もいわなくてもわかります、といいながら甘ったるい空気のなかで目の前のひとの様子をみつめる。副長が普段あれだけあんこ責めにしているというのに、この期に及んでこのひとは進んで甘いものを食べようとしているのかとおもうと、いっそのことその神経を見習いたくなる。「おや、乗り気ではないようですね」といわれても、有給を合わせてまでラグジュアリーホテルに連れて来られたのでなにごとかとおもいきや、スイーツビュッフェに来たかっただけだというのは些かプライドに傷がつく。そんなことをこちらがおもっているとはしらずに、目の前では「チョコレートファウンテンというのはあれでしょうか、」などと楽しそうに笑んでいる。「干菓子や羊羹をくちにする機会はおおいのですが、どうも洋菓子というものは疎いので」といいながら席を立つ。食の細いひとだという印象はないのだが、それでもあまいものは普通に食べているところしかみかけない。テーブルの上に置き去りにされた案内を読んでいると、どうやらハイブランドのスイーツを選りすぐったものだということがわかった。べつにチョコレートもカスタードクリームも苦手ではないが、適度に摂取すればという話だ。これなら最上階のバーラウンジで酒を飲んだ方がまだいいとおもいつつまっていると、皿にいくつかスイーツを載せながらこちらへ戻ってくるのがみえた。あんた甘いもの好きでしたっけ、といいながら持ってきてもらったブラッドオレンジジュースのグラスを傾けながらきく。大きな白い皿の上を眺めると、名前は分からないけれどいかにも繊細そうなつくりの彩り鮮やかなケーキがいくつか並んでいた。それをいつものように説明するでもなく、フォークとナイフで丁寧に端から切り分けて順番にくちへ運んでゆく。「ジョエル・ロブションで食べたスイーツに似ています、」などと、食に興味の薄い俺にはわからないことをいいながら、きれいにナイフを通していった。ジッとみつめていた視線を勘違いしたのか、「伏見くんも召し上がりますか、」といいながらケーキをひとくちぶん切り分けながらこちらをみている。「べつに、いいですよ。来たかったみたいだし、あんたが楽しめばいいでしょう」というと、「スイーツビュッフェというものは、どの程度食べれば満足出来るとおもいますか」などときいてくる。「好きなだけ食べたらどうですかあ、食べ放題なんだし」と間延びした口調でいうと、ふむ、といってから暫し考えこみ、「どうやらビュッフェ形式ではきみが楽しめないようですので、別途テイクアウトにして部屋でのんびり食べることにしましょう」といいながらほほえんだ。いつだって、このひとはつくづく俺に甘いのだと微細なことから感じる。「あんたの好きにすればいいでしょう、俺は付き添いなんですから」というと、「では、部屋をとってあるのでそこで一緒に食べてください」とすこし言い方を変えていわれた。そういわれれば、俺に拒否権はない。一度、席を立ってから「どれが食べたいとかありますか、」ときかれたので「……ショートケーキかベリー系のやつ」とこたえると、嬉しそうな顔をしながら「ではその両方と、何点か選んでゆきますね」などという。普通のショートケーキなんてあるのかよ、とおもいながら眺めているとやたら独創的なかたちをしたものばかりのなかに、ちょこんと可愛らしく置いてあったりしたのでなんとなくホッとした。しばらくして「伏見くん、これでいいですか」といいながら、白いケーキ箱に詰めてもらったものをみせてくる。タルトなどを合わせて合計で五、六個だろうか、みっしりと箱にはいっていた。頷くと、「では、お願いします」というのがきこえた。お高いホテルだというのに、ケーキ箱に付いてくるのはいつもコンビニでみるようなプラスチック製の透明なフォークだったので、なんとなくすこしおかしくて笑んでしまった。

 フロントを通り、客室係に部屋を案内される。そのあいだもケーキ箱からはふわふわと甘ったるいにおいがただよっている。通された部屋は、いつもと変わらないダブルベッドの置かれた部屋だった。「ワインやフレッシュジュースなどのお飲み物もご用意できますので、ご入用の際はフロントにお申し付けくださいませ」といって客室係は俺たちが男同士でダブルの部屋をとっていることには特に気にせずドアを閉めた。
 ――ふたりだ、ふたりきりだ。甘いにおいをさせているケーキ箱をテーブルに置きながら、「伏見くん、今日はどうしますか」ときかれる。どうといっても、普段通りにセックスをして夜には屯所へ帰るだけじゃないのかとおもったのでそういうと、すこしかなしそうな顔をされた。その意味を俺はしっている。一週間前がこのひとの誕生日だったので、自分からケーキが食べたいなどと言い出しづらかったのか、今回スイーツビュッフェなどというものに俺を誘ってみたのだろう。普段は若干読めないひとだが、それでも可愛いひとなのだとおもう。天然な部分はあるし、なによりも俺に甘い。「真っ昼間からやるのも、たまには新鮮でいいんじゃないですかあ」というと、そうではないのだといいたげに、ソファで隣に座りながらこちらをジッとみつめる。俺はその視線の意味をほぼ理解しながらわざとそういってみせた。ただ、あまりにもその視線がかなしげになってきたので「……分かってますよ、誕生日だったんでしょう。あんたの。二十六回目の」と仕方なくいうとパッと表情を華やげた。「そんなこと分かりきってますよ、去年も祝ったんだから覚えてます。だからショートケーキっていったんでしょう、俺は」「誕生日といえばショートケーキなんですか?」「そうなんじゃないですか、まあ、生憎俺は定番ってものをよくしりませんけど。でも誕生日ケーキっていったら、ガキの頃に食ったショートケーキとかそんなんだとおもったんですけど。あんたの家は違ったんですか」――俺の家はといえば、仁希が馬鹿みたいにデカいホールケーキを三台も四台も買ってきては、毎食それを食わされたり、お手伝いさんといわれるひとに「猿比古くん、早く食べないと傷んじゃうからね」といわれながらも、毎食くってんのにこれ以上どーしろっていうんだよという、理不尽さをかんじながら迎えるものばかりだった。だけれども、誕生日というのは生まれた日だ。当たり前だけど。生を祝われながら生まれた人間と、面白がって猿みたいだから猿比古だなんていう名前をつけられながら生まれた人間は、所詮分かち合えないのかもしれない。俺はこのひとと一緒に生きていきたいとおもっているのは事実だけれど、それがこの国で難しいことも分かっているし、自分たちの地位の差というものも、些細な年齢差も、育ちの差も分かっている。「ケーキの他に、タルトも詰めてもらったんです」といいながら、ポットなどの置いてあるコーナーから皿を出すと「どうぞ、」といって差し出された。「伏見くんと、ずっと一緒にお祝い出来たら嬉しいですね」「たしかに俺はあんたと一生一緒にいるなんていう確証、ありませんよ。だけど、覚悟はしてますから」「かわいいですね、伏見くんの精一杯さがかわいいです」「はあ? 茶化さないでくれませんか、」「いえ、歳下のきみのことをかわいいとおもってはいけませんか?」歳下、歳下、と繰り返し何度もいわれたくなくて、そのくちを塞いでしまいたいとおもいながらショートケーキの上に乗っているいちごをつまんですこし指で潰してから、「くち、開けてくださいよ」といって無理矢理押し込んだ。咀嚼するのをみた後、いちごの蔕の辺りを潰したので汚れた指を押し付けながら「舐めてください」というと、そっと舌が出されてちろりと舌で舐め取られた。俺は舐めてくださいといっただけなのに、そのまま指を咥えてしゃぶられる。いかにも上品そうなこのひとが、たとえすこしでも下品な仕草をしているところをみるのが俺は好きだ。いくら舐めたっていちごの味しかしませんよ、と呆れたようにいいながら指を咥えられたままにしておくと指の関節にやんわりと歯を立てながらじゃれるように吸い上げられた。くすぐったいんでやめてもらえませんか、というとジッとこちらをみてから楽しそうな表情に変わって、でも好きでしょうといわんばかりに甘噛みをする。指先から、ゾワゾワとくすぐったさが這い上がって来る。だからやめてくださいよ、といって無理矢理に指を引き抜くと「楽しくないですか、」といわれた。あんたはこれが楽しいというのか、こんなにも恋人同士の証みたいにドロドロの甘い感情を煮詰めたみたいなものをお互いいだくことを、敢えて楽しいといって断言してしまうのか。俺はいままで恋人というものがいたことがないので、寧ろこのひとが初めての恋人というものなのでうまく感情を引き出すことが出来ないでいる。ここまで嫉妬をするのも、自分の感情のアンバランスさに振り回されるのも、何もかもが初めてなのだ。いちご美味しかったです、といわれたのでそれならとおもいながらムースの上に乗っていたブルーベリーをつまみあげて、「これも食ってください」というとすこし揶揄うような目をしてから、ええ、といって俺の指ごとそれをくちにした。うまくブルーベリーだけを舌で転がしながら、口腔内へ落として咀嚼する。いま転がり落ちた果実のようにあんたに食われてもいいんだと俺がいったならばどんな顔をしてこちらをみるのだろうかとおもいながら、俺は「エロいんですけど、」と軽口を叩く。このひとに、俺のことを重いとおもわれたら捨てられるのだろうかなどと考えながら、そうやって時折無駄なことをいう。「もっと挑発してみせてくださいよ」というと、咥えたままの指を何度も音を立ててしゃぶられた。そして、サイドのやや長い髪を耳に掛けながら指の根元まで飲み込むように咥えて上目遣いでこちらをみつめる。「あんた、どこでそういったこと覚えるんですか」ときくと、くちから指を出して、ふふっと笑ってから「どこでしょうね、伏見くんには内緒です」といってキスをねだって目蓋を閉じた。俺はそのキスを待つ口唇にカスタードクリームを塗り、端から舐めるようにしながら舌を這わせた。は、とおおきく呼吸をしながらくちを開けられる。口唇が開き、上下のそれのあいだにそのまま舌を挿し入れて絡め合う。分厚い舌の生温い感触と、口腔内の粘膜が俺の舌を受け入れる。内緒ってなんだよ、とおもいながらも深いことはきけずに舌を合わせる。こんなに敏感な箇所が、普段ものを食っているのかとおもうとゾクゾクして止まない。舌先を噛むと「う、」とかすかに呻る。それが楽しくて、しつこいほど何度も同じことを繰り返した。呻いた声、それが徐々に熱を帯びてゆくのを感じる取る。こんなに敏感ならばセックス自体は辛くないのだろうかとおもうが、それはどうやら違うベクトルらしい。そんなことを考えていると「よそみしないでください、」といわんばかりにくちを離された。味わっていた口腔内が突然離れて、俺の舌にはカスタードクリームの甘い味だけが残った。「ソファですると汚してしまいますよ」といいながらも、蕩けた視線をこちらに向けている。「ベッドまで行くのがもどかしいんですけど、」「今日の伏見くんは積極的ですね」べつに積極的じゃないし、何度もさっき繰り返されたようにかわいくもない、とおもいつつ「あんたからみて、そうみえるんならそうなんじゃないですか」と投げ遣りに返す。二十歳を超えた男に向かって、かわいいかわいいと何度もいうのはちょっとおかしいのではないだろうかとおもいながら、俺は甘んじてその言葉を受け入れるのだ。たぶん、これが長年のぞんでいたしあわせというもので、そして恋愛感情というものなのだろう。俺はあの不完全な家庭に育ったので、他人に対する感覚というか感情がすこしおかしいのだとおもっていた。零か百か、でしか他人を測れないのは他人からみてどうなのだろう、おかしくはないのだろうかとおもっていたのだがこのひとはそれを許してくれるし受けとめてくれる。ただ、勘違いされたくないのは他人の目を気にして、その考え(零か百かで決めつけることだ)を止めるわけはないということだった。他人とのつながりが欲しければ、極めて希薄なものでいいし、なにも望んでいないのだろう。それが絶対だとおもっていたのだが、どうやらすこし違ったらしい。「伏見くん、するならベッドでしませんか。ね、」と誘い直されて、俺は思考をすこし中断させる。このひとに出会ったことで、すべてが変わってしまったのだとおもいながら、「ここでいいんじゃないすか、早くあんたとやりたいんですよ」という。困ったという顔をされながら、服を脱がせにかかる。ネクタイを解いてテーブルの上に置き、ボタンを上からひとつずつはずしてゆく。半ばソファに押し倒す形で、俺はこのひとを手に入れようとしている。いつだって、我儘をいえばいうほど笑みを浮かべるひとだ。今回もすこし眉を下げながらジッとこちらをみてから、「しょうがない子ですね、」といってはにかんでいる。そうだ、このひとにかかればこの程度のことはしょうがない、というひとことで済んでしまうのだろう。だからいつだって俺は許されているのだとおもいながら、安心して押し倒したその胸に耳を当てた。どうしたのですか、ときかれたので「心音がしてるの、聞いてみたかっただけです」と返す。一定のテンポで心音がしているのがわかり、俺はそれにどこか安堵しながら鼻先を胸元に押し付けてからその皮膚を舌先で舐めた。無味無臭の白い皮膚は、すこし冷えている。十月のよく晴れた日なので、とくに空調がはいっているわけでもないのだが、それでもこのひとはいつだってすこしひんやりとしていて心地がよい。だからこそ、ちゃんと生きているのかと時折不安になるのだ。「ちゃんと心音がしていたでしょう、」ときかれるのを耳にしながら、俺はその鎖骨の上の皮膚を食む。食んでから、すこし皮膚を吸って痕をつける。それにさえ感じてしまうのだろう、「ん、」とかすかに短く呻くのがきこえる。王だった頃から、このひとのそういったところは変わらない。ちからで敵わないであろう俺を退けず、寧ろ内側に招き入れながらその些細な接触でさえ声を上げるのは、たぶん余裕から来るものなのだろうとおもっているけれど本当のところはどうなのだろうか。「楽しかったんですか、スイーツビュッフェ」そんなことをきいてみても、微かな呻き声しかきこえない。「あ、」とか「ふしみくん、」などという言葉しかまともに話せなくなったこのひとは、ひどく好ましいものだ。いつもの饒舌さがなくなってしまって、俺のことしか考えられないといったようなそれは陶酔に浸らせてくれる。半分脱がせるようにしてシャツの前を開いていたが、それをすべて剥ぎ取ってしまうと均整の取れた身体が目の前にあらわれる。俺はこれが好きだ。バランスよく付いた筋肉と、きれいな骨格がなにもかもを物語っているようでたまらなくなってしまう。くち開けてください、というと素直に開いたので舌の上にまた指で掬ったカスタードクリームを乗せる。室長、それ食ってみせて、といってみせると口唇の端にもクリームをつけながら口腔内のカスタードクリームを嚥下するのが分かった。ついてますけど、とそれを指で拭い取って自分で舐める。俺たちは一体なにをしているのだろうとおもうと共に、圧倒的な多幸感に襲われる。それはしあわせに酔うような感覚だ。こんなものが俺に許されてしまうのかともおもうが、それでも目の前にいるひとから与えられている。下半身に手を伸ばし、服ごと下着を剥ぎ取るとそこにある性器はすでに緩く屹立している。「あんた、なんで俺に対してこんなに甘いんですか」「――好き、ですから」「好きとか嫌いとか、仲がいいとか悪いとか、そんなものは簡単に変わって崩れるってこと俺はしってるんですけど」そういうと、ふふっと笑ってから笑いが止まらないといったかんじでしばらく楽しそうにしながら「まだきみはこどもですね」といわれた。それはべつに嫌な言い方ではなく、たんにそうおもったのだろうという声音だ。それを黙らせようと、先端から先走りを垂らしている性器を握り込む。さすがに「う、」と呻かれて俺は形勢逆転した気になって気分をよくした。このひとはセックスという単純な行為に弱い。それはもう、なぜかと問いかけたくなるほどに弱いのだ。緩く勃っていた性器は、いまはもう硬くなっている。性急に擦り上げると、低い声の喘ぎが漏れる。女の喘ぎのように派手なものではないが、その声はひどく嗜虐心を誘うものだ。テーブルの上に置いてあるケーキからも、さっきカスタードクリームを塗りつけたこのひとの口唇からも甘ったるいにおいがしていて、俺はそれを嗅ぎながら碌でもないことをおもいつく。「ローション無いんで、これでいいですよね」といいながら、生クリームが山のように盛られたケーキのクリーム部分を三分の一程度をごっそり手に取ると、さすがにすこし驚いたのかこちらをジッとみつめていた。しかし、どういえばいいのか上手く分からなかったのだろう。俺はその隙に生クリームをべったりと肛門になすりつけた。「ふし、みくん、食べ物であそん、では……」性急に中指を挿し入れると、ローションに較べるとどうにも滑りが悪いがこれしか無いのだからしかたない。そうだ、しかたのないことなのだと自分に言い聞かせながら俺はさらに中指をグッと進入させる。入口がきついのはいつも通りなので構わないとして、甘ったるい生クリームでヌルヌルと指がぬめった。夢中になっているあいだも、俺は眉根を顰めている目の前のひとをみつめつづけていた。もう何回、何十回と繰り返されたような行為のなかにおいて、いまみつめねば死んでしまうとでもいうかのような、切羽詰まった切実さをもってみつめていたのだ。「あまり、みない、でください」とおかしなところで言葉を区切りながら、横を向いて顔を隠そうとする室長は俺の中指によって犯される。「食べ物であそ、ぶのは、感心しま、せん」といいながら俺を叱るのかとおもいきや、「その食べ物をローション代わりにして、悦んでるのはあんたじゃないすか」というとくちを噤んでしまった。尻に真っ白く塗りたくられた生クリームが甘そうなにおいを発している。そろそろ指を増やしてもいい頃だとおもいながら人差し指も添えていれると、「ひ、」と短い悲鳴のようなものがきこえた。きつかったですか、ときくと「すこ、し、きついです」と低い声で返される。この声は、とても心地よい。肯定も否定も、なにもかも。指を抽送させるとグチュグチュと生クリームが掻き回される音がして、嬌声を上げまいと必死にソファにしがみつくのがみえた。声を出せばいいのに、とおもいながらそのさまを眺める。そして、「そろそろ突っ込んでもいいですよね」とききながらファスナーを下げ、すでに下着のなかで痛いほど屹立していた性器を出すと生クリームまみれの肛門にあてがった。すこし腰が退けた様子がみえたが、それでも構わずに先端からゆるゆると挿入する。は、と大きく息を吐くのがきこえたので、先端を捩じ込んでから一気に根本まで押し込んだ。「無理で、す、」とちいさな声でいわれたが、それはたんに嗜虐心を煽るだけだった。「なにが無理なのか、ちゃんといってくださいよ。ほら、」「……ぅ、あ、」低い喘ぎ声は、俺の脳内を掻き乱してゆく。腰を動かし、身体を揺すって奥まで挿し込む。その度に、苦しいのかおおきく息を吐くのが分かる。歳上の立場も上の男が、この身体で以ってぐずぐずに崩されてゆくのはひどくきもちいい。これが悪趣味だといわれるのかもしれないが、もう止められないものだ。何度か切れ切れに名前を呼ばれた。「随分きもちよさそうですけど、そんなにいいんですか」そんなことをいいながら煽ると、すこし怒ったような視線でこちらを射抜く。俺はこれがすきだ。怒ったような、それでもはっきりとは叱れないようなそんな目線がいとおしい。「あんた、俺に甘いですよね」といいながら、更に奥を突き上げる。はくはくとくちを開きながら、なにかをいいたげにしているので耳を寄せて「なんすか、」ときく。「……も、っと、動いてください、ふしみく、ん」掠れた低い声で、そういわれるのは悪くないものだ。「じゃあ、お言葉に甘えてうごきますけど、」言葉の最後のタイミングで突き動かすと、「ひ、」と短い声がした。それと同時に締まったような感覚がして、俺は気分をよくする。根本まで捩じ込んでから、一旦、ギリギリまで引き抜いてまた捩じ込む――ということを繰り返す。快感で姿勢を保っていられないのだろう、腰は半分ソファから落ちて俺が支えている状態になっている。それでも声は極力漏らさないのが、このひとらしいと感じた。結合部から、ぐちゅっと音が立って俺はこのひとを犯していることを更に強く意識せざるを得なくなる。べつに眺めてはいないが、そこはもうぬめる体液でクリームが空気を孕んで、ぷつぷつとちいさな泡を立てているに違いない。エグい、とおもいながらも特に止める気はない。第一、エグいといえばセックスに肛門を使うことからしてそうなのだから、そんなこといまさらだ。つまらないことを考えていると、背中に爪を食い込ませられた。ぐっと、爪を立てて存在を主張される。痛いんですけど、といいながら何度も奥を突き上げる。その度に、引き攣れたような低い声がした。「ふし、みくん、」と何度も名前を呼ばれる。返事をしてもきいていない状態なことは明白なのだが、それでも「なんですかあ、」と間延びした言い方で答える。繰り返し呼ばれる声音を耳にして、高まってゆくのが感じられる。まるでパブロフの犬だとおもった。俺はこのひとの声に興奮して射精をするのだ。「しつちょー、俺、そろそろ限界なんですけど」というと、おおきく呼吸をしながらも楽しそうに笑んでいるのが分かった。そして、「いいです、よ、伏見くん、いってください」といわれたので、勢い良く小刻みに腰をぶつけながら俺は自分の身体を射精にみちびく。互いに余裕がなくなってゆく。そして、はあはあという呼吸する音が部屋に沈み込んで俺たちは快楽に溺死する。「う、」と呻いて俺が吐精すると、数拍遅れて腹の上にぶちまけるのがみえた。「はは、ははは」となぜか笑いが出た。この身体を構築するひとのなかにぶちまけた精液は、なにものにもならずにただ掻き出される。俺はそれが楽しくて仕方ない。

「――それで、なぜ私はここに連れてこられたのでしょう?」ラグジュアリーホテルを後にして、俺たちはいまファミレスに仲良く向かい合って座っている。勿論、俺が連れてきたからなのだけれど、このひとがファミレスなんていう安っぽいところにいるのは何だかすこし不思議で面白い。「なんでって、すこし早いけど夕食の時間だからじゃないすか。ホテルのレストラン、ちょっと苦手なんで」久しぶりに来たファミレスは、どこも同じなのだが平日の夕方ということもあってまだ客は少なめだ。ウエイトレスに「デミグラスハンバーグ定食ひとつと……あんた何にします、ああ、じゃあアラビアータひとつ。あと、ドリンクバーふたつで」と注文してから、「とりあえず、ドリンクバーいってくるんで」といって二人分の飲み物を持ってきた。オレンジジュースとグレープフルーツジュース。多分、これで正解だろう。それをテーブルに置くと、ありがとうございますと礼をいわれる。「べつに、これくらいで礼いわないでくださいよ」と軽口をたたきながら、俺たちはふたたび向かい合う。そして、どちらから言葉を発せばいいのか困ってしまうほど視線を絡めあった。数時間前まであんなに濃密に身体をつかっていたのに、こんなに健全なひかりを発している蛍光灯の真下で、そしてファミレスなんていうこれまた健全な場所で俺たちはみつめあうのだ。「まだ、ベタベタしているようで気持ちが悪いです」といわれたので「すみませんでしたぁ、」とやる気なく謝ると、「いえ、きみに謝ってほしいわけではありませんよ」とゆっくりといわれる。このひとの、こういった喋り方はとても落ち着く。生きている。このひとは、生きて俺の目の前に座っている。「ケーキ、駄目になっちゃいましたね」「そんなに食いたかったんですか、あんた」「自発的に甘いものを食べるということが、とてもすくないのですこし楽しみにしてたのですが……」そんなことを話していると、さっきとは違うウエイトレスが来て、「デミグラスハンバーグ定食の方、」といわれたので「それはこっち、アラビアータはそっちで」と伝える。グレープフルーツジュースの隣にならんだ真っ赤なアラビアータは、赤色のコントラストがひどくきれいだった。ウエイトレスが伝票を置いていってしまってから、神妙な顔をして「ファミリーレストランというところに来るのは、幼い頃以来です」といわれたので、おもわずすこし笑いが漏れてしまった。「それ、そんな顔しながらいうことですか」「そんな顔……とは。私はごく普通のつもりですが、なにかおかしかったでしょうか」「なんか、人生について語るような表情してましたけど、室長、自覚ないんすね」そういってくつくつと笑っていると、「やっと伏見くんが笑ってくれました」といいながら微笑まれた。「ふたりきりのときにみせる、その笑い方がすきなんです」といわれて俺は虚を衝かれたかのように黙ってしまった。おや笑わないんですか、と催促のようにされたので「いわれたら笑いづらいんですけど、」と苦笑いすると「ふむ、そういったものなのですね」とふたたび神妙な顔をする。とりあえず食いませんか、と俺がいってからふたりで出て来た定食を黙々と食べた。ハンバーグとパスタを一口分ずつ互いの皿に乗せ合って、俺たちは世間一般の仲睦まじい恋人たちのような真似をする。ブロッコリーと人参のグラッセをアラビアータの皿に放り投げたところで「伏見くんはまだ好き嫌いがあるんですね、」といわれてしまった。そーですけどなんか問題ありますかあ、とすこしふてくされながらいうと「そういうところ、かわいいです」と恋人を愛でるような言い方でいわれてしまった。だから、かわいいとか安易にいわれても俺はもう二十歳も超えたいいおとななんですけどと言い辛くて、「……そーっすか、」としか言葉を返せなかった。そしてなんとなく意趣返しをするように「あんただって、王様だった二十六歳がこんなファミレスでパスタ食ってんの、すっげーかわいいんですけど」と俺がいうと、「なんだかこんな会話、普通の恋人同士みたいですね」といわれてしまった。それはなんとなくさみしげで、いままでこのひとが失ってきたものの立場、多さ、おおきさを感じさせる。そうだ、若くして王として君臨してしまったこの完璧なひとは、王として存在する代わりに多大なものを押し殺してきたのだろう。「普通の恋人同士みたいにしたいなら、あんた、もう無理なことしないでくださいよ」と釘を刺すと、してやられたといったような顔をしながら苦笑して「そうですね、私はもう王ではありませんから」といった。デミグラスハンバーグ定食とアラビアータをそれぞれ食べ終わった頃だろう、紙ナプキンでくちを拭いている姿をみていたときだ。パッと照明が俺たちの場所だけ落ちて、聞き覚えのあるバースデーソングが店内に静かに流れ、ウエイターとウエイトレスが「おめでとうございます」といいながらアイスクリームに花火の刺さったケーキプレートを運んできた。驚いた、という顔をしながら目の前に置かれた『HAPPY BIRTHDAY』とプレートの縁にぐるっとチョコレートで書かれたそれをみつめながら、「伏見くん……?」という。パチパチと火花を弾いているそれが消えると同時に、店内の様子も元に戻った。「間に合わせのファミレスバースデーですけど、たまにはいいんじゃないですか。だから、この前は仕事だったけどあんたの誕生日だったんでしょう。二十六回目の誕生日、おめでとうゴザイマース。ほら、アイス溶けるからさっさと食ってくださいよ。プレゼントは後日、買いにいくんでどこかでまた非番の日を合わせてください。あ、その日は指輪以外買うの禁止ですから」と矢継ぎ早に口に出すと、ショートケーキの隣に添えられたアイスクリームをスプーンでくり抜きながら「ありがとうございます、」といって、俺がみたなかでも最高にしあわせそうな顔でこちらをみていた。そして、ゆっくりアイスクリームを食べた後、ホテルでしたこととは逆のパターンのようにショートケーキの上に乗っているいちごをつまみ上げると、「くち、開けてくれませんか?」といわれた。「一個しか乗ってないんだから、あんたが食えばいいじゃないすか。誕生日祝いなんだから」と返すと、「じゃあ、半分こしましょう」といってからフォークでふたつに割った。きれいで新鮮な赤い色の粒が、ぱっくりとふたつに割れてそれぞれをくちのなかへ放り込む。ふふっと笑うのがきこえた。
「一個の赤い心臓を、半分こしたみたいですね」
「なにいってるんですか、出会ったときから俺の心臓はあんたのものでしょう」
 オレンジジュースを啜りながらそういうと、目を丸くしたあとにパチパチと何度か瞬きをして、そしてほのかに頬を染めてうつむきながら「そう、ですね」と嬉しそうな感情を隠しもせずにつぶやくのがきこえた――真っ赤な一粒のおおきないちごを半分にして食った。この胸にある心臓が半分食われたようで、それは俺にとってもしあわせでたまらないことだった。

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