【乱寂】比翼連理なのだと嘯いた

Hasmi/ 5月 10, 2018/ 小説

「一等星でしょ、天狼。シンジュクという街の摩天楼とかけてるといっても、そのなかにシリウスをいれるだなんてきみに似合わないよね。辛気臭くてブラックホールみたいなのに」僕がそういってベッドから下りると、事後の空気を孕ませた部屋はかすかに空気が揺らいだ。下着一枚でぺたぺたと部屋の片隅にある冷蔵庫の前へいって庫内を見遣る。アップルサイダーがはいっていたことにきづいて、そのペットボトルを出すとキャップをひねった。ポップな林檎のデザインボトルから炭酸を含んだ空気がシュワッと部屋に逃げてゆく。寂雷はまだベッドに寝そべっていて、彫刻かなにかのようにブランケットを下半身にかけただけの姿でこちらをみつめている。「私がブラックホールだなんて、飴村くんはなにをいいたいのかな」「だから、寂雷の裏も表も中心も真っ黒だっていいたいだけなんだけど、どうせあの子たちも使い捨てにするんじゃない」「ああ、そういう」「……なに、」「てっきり飴村くんが私に吸い込まれそうになっているのかとおもって」「きっつい冗談やめてくれる、僕そういうの好きじゃないんだけど」いらつきながら一気に三分の一ほどアップルサイダーを飲み干す。くちのなかと喉の奥で炭酸がパチパチと弾けて暴れる。そのままテーブルにペットボトルを置いて、ロリポップが山程はいっているプラスティックかごへ手を差し入れてひとつ取り出す。あ、チェリー味だからそこそこ当たり。そんなことをおもいながら包装紙を破いてロリポップを咥えた。「飴村くんはそんなに私が嫌いかな、」「だから、それは互いに納得してるところじゃない? セックスだけ楽しければいいっていうのも理解してここに来るくせに」この男は僕をいらだたせることについてのプロフェッショナルで、それさえもお互い様なのだろう。「私も飴村くんが嫌いだけど、ブラックホールに例えられたりしたらすこしうれしいけどね。だってこのちいさな島国の街のひとつ、シブヤの繁華街なんて一瞬で飲み込めてしまいそうじゃないかな」「シンジュクだって単なる街のくせに、」「でも私自身は飴村くんによるとブラックホールで、なおかつ一等星の名前を含むディビジョンの代表だよ。一等星をひからせた後に、どんな光さえものがさないで飲み込んで潰して消してしまうブラックホールなんだろう?」「自分のこと買い被りすぎ」そういいながらシャワーを浴びに行こうとタオルを取り出していると、「飴村くん、あの子たちはつよいよ。それぞれが互いに唯一無二の存在で私のために戦ってくれるからね」などといわれる。黙れといわんばかりに僕は咥えていたロリポップを寂雷のくちびるにおしつける。「唯一無二とか分かんない、それって自立出来てないってことでしょ。弱すぎ。悪いけどきみら相手になんない」グッとおしつけたのに頑なにくちを開けないので、僕はヒステリーを起こしたかのようにロリポップをふたたびくちに含んでガリガリと音を立てて噛み砕いた。ロリポップの白い軸が口腔内に残る。チェリーの甘酸っぱさが舐めていた時よりもじわりと広がった。そういえば最近星や惑星のプリントをしたロリポップが流行っているな、とおもいだす。目の前でベッドに横たわっている男はブラックホールなのだろうか、もう既に一等星の名前をもっているくせに。僕の存在さえも飲み込もうとするのだろうか。唯一無二なんていらない、そんな相手がいたら生きていけなくなる。きっと依存する。それしかいらなくなる。おまえだってそうだったくせに、僕らは夜空に散った四つの星だったことをおもいださせないでほしい。

「今日はすぐに帰れといわないんだね、」「は?」「きみは終わったら私をすぐに帰したがるから、」「なに、裸のまま放り出されたいの。さすがド変態医師のじゃくらいセンセー」そういうとふふっと笑ってから、困ったこどもを目の前にしたように眉をすこし下げた。そんな顔をみせないでほしい。僕はおまえに情なんてものはいまはもっていないのだから、そんな顔をされても無駄だというのに。「あの子たちをみていると、私と飴村くんのことをすこしだけおもいだすよ」「ああ、そう。あいにく僕は寂雷のことが昔から嫌いだったけどね」二本目のロリポップを手にとって咥えながらベッドに腰掛ける。部屋はまだ精液のにおいがしていて、僕とおまえがセックスをしていたという事実を鼻先に突きつけてくる。「……私はあのころのきみを、」「それ以上いったら殺す」「きくのが怖いのかな、」怖いのかと煽られるが僕はおまえの過去の本心なんてしりたくないしきいたらきもちがわるくて吐くかもしれない。どちらが先に手を離したとか、そんなことをいっているのではない。それは互いに、同じ瞬間にだったからだ。僕らは過去からいままで嫌いあっていきている、そうだ、それが事実だ。「いわないよ、私は飴村くんを傷つけたいとはおもっていないから」僕はおまえを傷つけてズタズタに引き裂いてやりたい。その喉元に喰らいついて、吹き出る真っ赤な血潮を浴びたい。白い皮膚からは想像もつかない色なのであろうそれは、おまえが、神宮寺寂雷という男の体内を巡っているいのちだ。唯一無二? 本当に反吐が出そうだ。僕とおまえの関係はそんなものではなかった。もっと生命のきらめきを削り合うもので、そして高みを目指すものだった。セックスをするようになったのは出会ってまもなくで、この男は僕を拒まなかったしすべてを受け容れてみせた。いまおもえば僕に対する憐憫のようなあざけわらうものだったのかもしれない。ああ、むかつく。この男が嫌いでたまらない。「いまから二回目するから、あー、寂雷年食ってるからつらい? まあ、つらくてもするんだけど」「今日の飴村くんはやけに積極的だね、」うるさい黙れといわんばかりの態度でふたたびガリガリとロリポップを噛み砕き、早く早くとおもいながらくちのなかで溶かして飲み込んだ。「そんなにしたいならいいよ、私はきみを拒まないから」こういった態度のひとつひとつがいらつくのだと、おまえは何度いっても分からないにちがいない。根本的な部分の相違。僕は自分のくちびるのあいだに挟まれたロリポップの棒を引き抜いてベッドサイドに放り投げる。カンッと音がして、そして僕たちのあいだに静寂がうまれた。それを破ったのは寂雷の声だった。「今度は何をしてくれるのかな、」「とりあえず僕のを勃たせて」「それは手で? それともくちで?」「どっちでもいい、」投げ遣りにいいながら僕は一度穿いた下着をまた脱いだ。既に性器は緩く芯をもっているので、これならすぐ勃つだろうとおもった。寝そべっている寂雷の目の前に膝立ちになってみせると、身体を起こして顔を寄せられて舌で先端を舐められた。この男は体温が低いくせに体内はやけに熱い。舌も熱く、まるで大型犬、いや狼が親しい相手をもとめるかのようにゆっくり性器を舐めている。上目遣いでこちらをみてくるのと、僕が寂雷を見下ろしているのでいやでも目線がかち合った。本当にきもちわるい。片手で扱かれ、そして先端に舌を這わせられると性器は簡単に勃起してゆく。おねーさん達の薄い舌とは違う男のものだと分かる分厚い舌、それはゆっくりねっとりと張り付いた。「咥えて、」端的にそういうと寂雷はためらいもなくそっと性器をくちに含んだ。上品そうにみえるそれが男の性器を咥えるだなんて、あのシンジュクのふたりには想像もつかないだろう。そうおもうとおかしくて、ベッドサイドに置いてあったスマホに手を伸ばした。「じゃくらい、しゃぶりながら上向いて、そうそんな感じで。分かる? いま動画撮ってるからいい顔してよ」動画録画モードにして画面に出たボタンを押す。録画しているというあかしに赤い丸が画面の右上に浮いている。「もっと顔みせて、」というと、寂雷は咥えつつサイドの髪を耳にかけてこちらをみつめた。目がすこし潤んでいるのは画面越しでも分かるくらいだった。「あいっかわらずフェラするの好きだよね、」といってみせると返事をするかのようにまたたいてみせた。頬が上気しているのが分かる。この壮絶なまでの色気はどこからくるのだろう、この男は過去になにがあったのか語ろうとしない。まあ、僕もなにもいわないからお互い様なのだけれど。肌が白いからなのだろう、頬がほんのりと赤くなっているのがよく分かる。すこし浮ついた気分で動画を撮りながら喉の奥を突いた。口腔内は溶けてしまうほど熱く滾っており、僕はこの男に喰われるような感覚をもつ。それでも喉や口腔内をめちゃくちゃに犯すとすこし噎せたりするのがおかしくておもわずすこし声に出して笑った。「苦しい?」ときくと頷くので、さらに楽しくなって僕は喉奥まで性器を突き立てた。「寂雷がしゃぶってるの、ちゃーんと映ってるよ」といってみせると、ジッとこちらをみつめてきた。その視線のつよさに飲み込まれそうになって僕は乱雑に口腔内を荒らす。噎せたので唾液が口端から垂れているようだった。「もっと上向いて、」そういうとこれ以上は出来ないとばかりに頸を横に振られる。「まさか、自分に拒否権があるとおもってたりするの」馬鹿にしたようにいいながら髪をつかんで引っ張る。左手はスマホで録画をつづけているが、右手は寂雷の淡い色をした髪を手にしていた。身体を起こしているのもつらくなってきたのだろう、すこし手が震えるのがつたわってきた。「仕方ないから、はい、これで仕上げ」といって口腔内から性器を引き抜いて、寂雷の目の前で射精してみせた。めずらしく驚いたような間抜けな表情のまま、顔面に精液をぶちまけられている。おもわず笑ってしまう。おかしいとおもう反面、どこかで冷めた自分がいることも分かってそれをごまかすかのように「寂雷センセーの顔、ドロドロに汚しちゃったね。顔から垂れてるのも映ってるよ」といってみせた。長めの前髪からも、鼻先からも精液が垂れているのがみえる。僕はそれを顔中に塗り拡げながらしつこいほどにカメラにおさめてゆくのだ。「これは拭いていいのかな、」といわれたので、「だーめっ、」と返す。それに対して深く溜め息をつきながら「きみは女性に対してもこんなことをするのかい、」という。する訳がないのに、おまえにだけだよ寂雷、おまえにだけ顔へ汚らしくぶちまけてやるのだ。「特別だよ、こんなこと」そういい含めて、困惑したような顔の寂雷に覆いかぶさる。もっと困って。もっと僕のことであたまをいっぱいにして、その身体を脳をすべてを僕で満たしてみせればいい。「ねえ、寂雷のも勃ってるんだけど」「そう、」「きつくないの」「そういったならなにをされるか分からないからね、」「抜いてあげてもいいよ」そういって覆いかぶさったまま、手を性器にのばして触れる。この男は快楽というものに弱いのが分かりきっているから、僕に地に落とされることを畏れているのだろう。「は、」と深くみじかく息をするのがあたまの上の方できこえた。僕は手にもったスマホで寂雷の顔を映しつづける。もっと無様な表情をみたくて、そしてしりたくてあがくのだ。どうしてこの男はこんなときでさえもうつくしいのだろう、セックスもとい性的接触をしているときの人間なんてもっとみっともなくて汚らしいというのに。片手で扱き、片手で撮る。そんなことをつづける。僕たちの精神はギリギリまで擦り合わせられており、そしてまた正反対を向いている。こんなにも接触をしているというのに、僕らふたりはどこか空虚を内包していた。そう、虚無だ。ここには虚無がある。むしろ、それしかないのかもしれない。スマホの画面内で寂雷の視線がぶれ始めて来たのを確認しながら、根本から先端にかけて何度も扱いた。鈴口に浅く指先を押し込むと「あめむらくん、」と熱に浮かされたようにつぶやきながら目元を両腕で覆った。交差させるように両腕を顔の上へ置いているので、強制的に画面はつまらないものになる。「じゃくらい、顔みせて」とわざと甘ったるくいうと頸を横に振られる。僕は思い通りにならない寂雷にいらだって、「みせて、」ともう一度繰り返しながらつよく扱いた。張り出している部分が指に引っかかって先走りでぬめっているのが指につたわる。この男にも肉欲というものが備わっていて、そしてやはりきもちいいのだと感じているのだろう。「いい?」ときくと「……いいよ、」そうこたえられる。それでも目元をみせないことにいらだちながら何度も扱いた。ぬちっと粘着質な音が立っていて、それはこの男の先走りが擦れるものだ。今日、一回目のセックスをしたときに転がしておいたローションのボトルがまだベッドの上にあったので、それを手にとっておもいきりペールピンクの中身を寂雷の性器に向けて垂らした。つめたかったのだろうか、一瞬身体がビクッと跳ねた。ローションボトルをベッド上にまた放ってから、ふたたび右手で性器に触れる。それはいま人工的なフレーバーとペールピンクの色にまみれている。このファンシーポップな部屋に不似合いな性の色濃いムスクのにおいが充満して、それはやがて僕たちの吐息をも彩った。左手はそのあいだもずっとスマホで動画を撮影していた。「せっかく撮ってるのに寂雷の顔みえないとかつまんなーい、」「私の顔なんて見飽きただろうに、」「でもセックスしてるときなんていつでもみられないし、きみがみっともなく僕のせいでぐちゃぐちゃになってるのどこでもみたいなあっておもって」「飴村くんは悪趣味にもほどがあるね」「あっは、そんなこと僕にいうの寂雷だけだよ。こっちいじるの飽きたから、後ろに指入れるね」そういって、脚をおおきく開かせてからローションまみれの指を肛門に浅く挿し込む。そこは今日一度セックスをしているからか、浅くいれたつもりでも難なく指を第二関節まで飲んだ。それはまるで喰われるような感覚だった。いつだってそうだ、身体の一部分を喰われるようなそんなきもちにさせられる。「なにこれ、ぐずぐずになってるんだけど。そんなに僕としたいの? でもこれなら奥まで指挿れても平気だよね」そんなことをいいながら指を奥の方へと挿しいれた。寂雷は相変わらず顔を両腕で覆ったままだったが、指の本数を増やされると次第に呻くように喘ぎはじめた。もっとそれをききたいとおもってしまう、おまえだけがきれいであるだなんてずるいことは許されない、ああ、なんでそんな見た目なんだろうね本当にむかついてしょうがない。落ちろ。地まで落ちて這え。「は、あ……あめむらくんっ、」「なーに、寂雷、ちゃんときみのみっともないところ撮ってるから安心して。というかいいかげん顔みせてってば」そんなことをいってから、「あ、もしかして顔じゃなくてこっち撮られたい?」と挿し込んでいる指で広げた部分にスマホを向けた。そこは人差し指と中指を開いてみるとペールピンクのローションが垂れて来ているのがみえて、なおかつ人間の肉の色をしていた。ひとというのは、人間というものは、こんなにも限界までいやらしい色をしているのかとおもえるような内部の色合いに当てられてくらくらしてくる。「やーらし、どんな色してるか分かる? あ、寂雷はお医者さんだから人間の中身なんて見慣れてるのかな? でもこんなになってるのはみたことないでしょ」わざと音を立てながら掻き回すと、寂雷が更に勃起するのがみえたので「ドM、」とみじかく罵るようにいう。それにさえ反応をみせるのだからおかしくなってしまう、何度かぴくりと揺れるように性器がつよく動いた。先端からは先走りが溢れていて、肌同様に色の薄い性器には血管が浮いているのが分かる。「ねえ、ドMの寂雷センセーはどうされたいの」「……飴村くん、もうやめ、て」「ああそう、やめてほしいならやめるね、はい、終わり」そういってローションが溢れているただの穴と化した肛門を撮る。顔は変わらずに隠されているけれど、はくはくと呼吸をもとめるようにしながら寂雷のそのくちが次の言葉を発するのを待っていた。落ちろ、ここまで落ちて、落ちればいいのに。そう願っていると羞恥に引き攣ったような声で「あめ、むらくん、」というのがきこえた。「なに、やめてほしいんでしょ、僕いまなにもしてないんだけど」「ちが、う、から」「違うってなにが、ねえ、もっとして欲しいならうまくいってみせてよ、そういうまどろっこしいところもサイッコーにきもちわるくて嫌いなんだけど、無理」そういうとしばらくの沈黙ののち、「お願いだから、もう、挿れてくれない、かな」といってみせた。「寂雷、きみ誰に抱かれるか分かってる、」「分かる、よ」「誰?」「飴村くん、飴村くんしかいないから」「うーん、下手だけど一応いえたから及第点。挿れてっていってみせなよ、ほら」「……挿れ、て、あめむらくんのを挿れて」この男は泣いているのだろうかとおもうほどに、懇願する声は震えていた。羞恥だろうか、それともべつの感情だろうか。おまえはなにに震えているのだろう、僕はそれがしりたい。「またナマでしていいよね、寂雷なんてどうせオナホ代わりなんだからいいでしょ。ほんっと、一回くらい僕で孕んでみせたらおもしろいのに。あ、でもそんなグロい寂雷ならもう二度とやりたくなくなっちゃうかも」そんなことをいいつつ片手で腰をつかんで、勃っている性器を肛門に押し当てる。一回目のセックスとローションでしつこく解されたそれはあっという間に性器を飲み込んだ。身体が戦慄くのが下半身からつたわる。「あ、ああっ、あめむらくんっ……はいってる、飴村くんがはいってるっ、」「うるさいなあ」奥まで一気に挿入すると、寂雷が呼吸を浅く早くしながら喘ぐのがきこえた。「ひ、あぁっ、おおきい……あめむらくん、おおきくてきもちいいっ、」根本まで突っ込んで腰を揺すると悲鳴じみた声で僕の名前を呼ぶ。みっともない、三十五歳のそれも権威ある男がセックスひとつでここまで崩れてしまうのをみているのはすこし楽しい。何かに対して厭だというように顔を左右に振るので、もうすこしで腕で覆っている顔がみえそうだとおもいながら追い立てるように突き上げた。快感がスパークするように身体中を駆け抜けてゆくのが分かる。目の前の男の乱れ方というか視覚情報のせいもあるのだろう、それは普段よりもすこしつよいようにおもえた。「寂雷センセーほんっと生オナホだよね、ほらもっときつく締めてよ」そういって前立腺の辺りをゴリゴリと性器で擦る。低い声が上擦って、何度も声にならないようなものを発しながら喘ぐ。そんな寂雷をみて僕は徐々に興奮しながら「このままだと犯し殺されるんじゃない、いいの?」といってみせると、それがいいのだとでもいうかのようにギュッと締まるのが分かった。「殺されたいの、」「……ちが、う、私は」そこまできいて、次の言葉がうまく発せないようだったので、ききたくもないというかのように結合部にスマホを向けた。結合部からは粘着質な音が立っていて、それは淫猥でたまらなくきもちがわるいものだが目が離せなくなってしまう。互いの身体の一部分をこんなにも擦り合わせているというのに、僕たちの関係はなにも埋まらないどころか距離はどんどん開いてゆく。これでいい、とおもう。僕とおまえがあの頃とおなじようになることは二度とないのだ。それは執着でも依存でもあったかもしれないが、いまの僕にはもう遠い過去すぎて分からない。感情がおもいだせない。肌に張り付いた感情は激しい嫌悪だ。誰にでも好かれるのであろうやさしい医師は、僕が殺したいほど嫌いな男であり元チームメイトでもある。「あめむらくん、」と切羽詰まった声で呼ばれてそっちをみると顔を覆っていた腕が解けて、手はシーツをつかんでいる。「私以外、を、抱いているのかな、」そんなふうに切れぎれの声で問わないでほしい、プライドが高いはずのおまえがくだらない質問をするな。「昨日遊んだおねーさんのことかんがえてただけだから黙っててよ、」そういうと寂雷は深く息を吐き、すこし身体を起こしてからその長い腕を伸ばしたかとおもうと僕のもっていたスマホをつまみあげて録画を停めたのかすこしいじってからヘッドボードに乗せた。「あ、」「飴村くん、私を抱いているならよそみはやめてくれないかな」「はっ、しょせんおねーさん達の代替のくせになにいってるの」「みじかいあいだに嘘を覚えたみたいだね、」煽られたとおもったし、それは断じて本当であってはいけないことだった。冗談でもそんなことはくちに出してはいけないことだ。僕は黙れとでもいいたげに、一度浅いところまで性器を引き抜いてから奥まで一気に深く突きいれた。「あめむら、くんっ、はぁっ……あ、ああっ、う、あっ、」「嘘? 昨日のおねーさんはこうするとよろこんだなあっておもいだしてたの」「んっ、ああ、あめむらくん……いい、深いっ、」「寂雷、すこしは黙れば。ほら、ねえ誰もきみの声なんてききたくないんだからくち閉じて、」そういいながら奥深いところを抉るように腰を動かす。長い脚が僕の身体を絡め取るように組まれる。喘ぎ声とともにそこから身体の震えがつたわる。戦慄くそれは何に対してなのだろうか。自分から合わせるように腰を動かされて、この男の強欲さに笑いがこみ上げて来そうになった。強欲というか貪欲というか、この男の清廉でうつくしい顔からは想像もつかないほどの性への執着はおそろしい。そうだ、この男はブラックホールだった。なにもかもを飲み込み、そのなかへいれて潰してしまう存在。ああ、僕が何気なく例えていったことはやはり合っていたのか。あの幼くみえるシンジュクのふたりもやがてこの男に喰われる運命なのだろう。かわいそうに、とおもった。それは馬鹿にしたものではなく、ただ単に心底そうおもったのだ。そして、まるで自分のようだとも一瞬かんがえてしまった。ひとを狂わせる女をファム・ファタールというが、ならばこの男はオム・ファタールだろう。出会ったばかりのあの頃、互いに比翼連理なのだと嘯いた僕らはそれぞれ違う方向へと狂ってしまった。「ねえ寂雷、僕たち出会わなければよかったね」しずかにそういいながら腰を揺する。寂雷はそんなことなどきこえていないのか、それともきいていないふりをしているのか浅く速い呼吸をしながら喘いでいる。「あめむらくん、あ、あ、はやいっ」まるでそこにある星を握りつぶすかのように、寂雷がシーツをグシャッとわしづかんでいる。ずっと前から決められていた未来を僕らはみないふりをして過ごしてきた。それぞれの道が違えるということ、それをいまあゆんでいるという事実がある。あの頃よりもいまの方が濃密な時間を過ごしているのはなぜだろう。目の前で喘ぎ乱れている男にいだいている嫌悪と、僕がもたれている嫌悪がおなじものであればいい。そう願う。信じてもいない神に祈りながらうつくしい男の聖性を今日も犯すのだ。「は、あっ……もう、なかに出すから、寂雷のなかに全部出す」そんな譫言のようなことをいいながら打ち付けると、「あめむらくん、の、全部ほしい」などと低く甘い声でいわれる。そして搾り取るように締めつけるのだ、やっぱりこの男は僕の精子で一度孕んでしまえばいいのに。それからすぐだった、僕が奥へ目掛けて射精すると蕩けたような顔をしながら「いまなかに出ていて、すごく熱い、飴村くんが熱い」などと最高にきもちのわるい状況報告をするのだ。たぶんこれは嫌がらせのひとつなのだろう、きっと、そうに違いない。

「満足したのかな、」「なにが、」「飴村くんは私からしたら分かりやすいからね」「そうやって何でも分かってるって顔するの性格悪いとおもうけどなー、しかも途中から寂雷のせいで撮れなかったし」「集中しないのがわるいとおもうよ、」シャワーを浴びてシーツを替えてから事後の重い身体をそれぞれ寝かせ、僕たちは悪意をふくんだ軽口をたたきあった。寂雷がこの部屋に来たのは午後八時過ぎだったというのに、もうとっくに深夜一時半をまわっていた。取り上げられてヘッドボードに置かれたスマホをふたたび手に取って動画を確認する。普段はランウェイを想定したモデルがウォーキングしている動画しかはいっていない動画フォルダに、ぽつんとひとつだけ肉色をしたものがはいっていた。それを冒頭だけ再生確認してから僕は満足する。今日の瞬間が、セックスをしていたというあかしがここに切り取られている。「それでじゅうぶんなのかい」「これしかいらないし、僕はもうこれだけでいい」動画フォルダに認証パスを掛けてからそういった言葉はどこか嘘に浸されていたけれど、いまの僕たちはもうそれを暴こうとしなかった。ベッドで隣に寝そべっている寂雷が「私の動画を保存するなんてきみはつくづく趣味が悪いね」といってあきれるような声を出したけれどそんなことはどうでもいいことだった。あのころ比翼連理なのだと嘯いた僕らの行く末はどうなるのだろう。寂雷はシンジュクのふたりを唯一無二だという、そこまで互いを信じているだなんて愚かしいこときわまりないしいまの僕には想像もつかない。人間というものは自分しか信じられないのに誰かに自分の存在意義をみいだすのか。つまらないというおもいは、やがてかわいそうだという軽蔑混じりの憐憫に変わる。かわいそうに、それは過去の僕への言葉でもある。TheDirtyDawgの頃の僕と寂雷の関係は正気ではなかった。あんなものはつづけられない。どんなに甘い睦言を交わし合っても崩れ落ちるものはあるのだということを、シンジュクのふたりへおしえてやろう。そのときが最後だ。僕も、おまえも、それを最後にしよう。この世界からシリウスを撃ち落としてみせよう。

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