【左銃】meth/death

Hasmi/ 4月 12, 2018/ 小説

 何かがおかしいとおもった、部下に呼び出された場所の指定が横浜埠頭の倉庫なのも、そこで薬物の取引がおこなわれるであろうということも何かしらきな臭いと感づいていたのだ。夏の陽炎ゆらめくなか、横浜埠頭へゆく。倉庫のドアがかすかに開いていたので先客がいることをしめしている。音を立てないようにそっと隙間から滑り込んで、なかにあった貨物に身を隠しながら行動する。埠頭の倉庫は薬物を隠すにはじゅうぶんすぎるほど広く、ひどく埃っぽくて厭になる。足跡が複数あるのでこれは増援を呼んだほうがいいかもしれないとおもいながら部下を探す。どこかおかしいとおもいながらも、それが憎むべき薬物絡みであるという情報ひとつで判断が鈍った。それは一瞬の隙だった。たった一瞬、気をそらしただけで銃兎は背後を取られた。もつれ込むようにして床へ倒れると、それが連絡をよこしてきた部下であることがしれた。「私です、入間ですよ」と低い声で多少威嚇するようにいっても相手は言葉を発さない。それどころか興奮している様子ではあはあと生温かい息を吐いている。「そいつがマル暴の入間か?」他にもひとがいたのだろう、男の声がきこえた。床に倒れ込んだまま、銃兎は暗い倉庫を見渡した。昼間なので閉ざされた空間でもすこしはみえるが、すくなくとも銃兎の様子を窺っている男が三人はいた。「あれだろ、こいつヤク嫌いの最悪刑事」「うちの組のやつもこいつにしょっぴかれてるもんなあ」「それはやりすぎたからじゃねえの」そんな無駄話をききながら床に押しつけられた頬がザリザリと擦れて痛いと感じた。迂闊に刺激をしないほうがいいかもしれないとおもい、無言でいると「何か喋れや」といいながら脇腹を蹴り上げられた。おもわずえずくと踏まれながら「きったねえな」と罵られる。銃兎がねめつけると「あ? んだよその目は」といって更に脇腹から胃の辺りを蹴りつけられて、ビシャッと胃液を吐いた。胃液しか吐かなかったのは、朝飯を抜いていたからだ。「ヤク嫌いだっていうほどなら、一度ヤクの味くらいしっておかねえとなあ」「お、やっちゃう?」「いいんじゃねえの、こいつ署でも生意気で嫌いだったんだよ」吐いた胃液のなかへ頬を押しつけられてベタベタになったところで、ひとりの男が銃兎のスーツを脱がせてシャツの袖を捲った。「……や、め」というと「刑事ならしってんじゃねえの、アイスだよ、熱いのに冷たーいやつ。今回はおクスリを特別にタダで打ってやるっていってんだろ? おとなしくしとけよ、まあ、針折れて中途半端に刺さるってのもアリかもなあ」ふたりがかりでおさえつけられているので身動きが取れず、銃兎はただひたすらに部下やここにいるヤクザを呪うでもなく、無言で薬物を打たれることの恐怖に支配されていた。覚醒剤のはいった注射器が取り出されて、銃兎の白く端正な腕が差し出される。「暴れねえかおさえとけよ」とどこの男ともしれぬ声がして、ぷつりと針が刺さる感触があった。そのあいだ銃兎は注射器から目をそむけたいのにそむけることが出来ず、恐怖のなかでただジッとみつめていた。内容液が血管に押し出されて流れてゆくのを感じ、数分が数秒になったかのようだった。まず時間の感覚がおかしくなった、次にひどく喉が乾いて仕方ない、そしてすべての血液が下半身にいくかのように痛いほど勃起するのが分かる。「おー、これは効いてきてんじゃねえ?」「だな、目がラリってる」「こいつ顔きれいだし、しゃぶらせるくらいしてもいい?」「俺もこいつならいけるわ、ま、順番にやればいいか」下卑た会話をききながらも身体が疼くのを止められないでいた。勃起した性器が下着に擦れて痛い、そんなことをおもっているとひとりの男がファスナーを下ろして勃たせたものを銃兎の目の前に差し出しながら「しゃぶれよ、噛むんじゃねえぞ」とささやくようにいった。嫌悪感とともに欲情が湧き上がってどうしようもなくなる。左馬刻のものだとおもえばフェラくらい出来る、とおもって舌を出しかけた瞬間、パァン、と破裂音が倉庫内に響いた。それはひどく乾いた破裂音で、銃兎もその場にいた男たちも全員が銃声だと分かった。「散れ!」とひとりが叫んで、銃兎の周りにたかっていた男たちは散り散りになった。そのあと、三度ほど倉庫内に銃声が響いた。しずかになってから、カツカツと靴音がして銃兎は目の焦点が定まらないながらもちかづいてくる男に向かって「さまとき、くるのがおそい」とギリギリの声でいった。「テメェが迂闊にヤク打たれてゲロ吐いてんのとか笑えるな。まあ、車持ってきたから乗れや、肩貸せば歩けるんだろ」「死にそうに熱い、」「だからさっさと帰んぞ、銃兎」その言い分をきいて安心したのか、銃兎はフッと意識が途切れるのを感じていた。目を閉じた瞬間、「このくらいでくたばってんじゃねえよ」と悪態を吐かれるのがきこえたが、銃兎のそれは安心感からくるもので身体が熱いもののその声はやわらかな被膜につつまれるようなここちだった。

 次に銃兎が温い温度により目を覚ましたのは浴室だった。バスチェアにぺたんと座った銃兎の背中や肩を、左馬刻が泡だらけのスポンジで擦っている。「さまとき、」と呼ぶと「ここにいる、」と返される。「ゲロまみれになっててベッドに寝かせられねえからこうして風呂まで手伝ってんだろ。意識戻ったならテメェで洗えよ。おいちょっとこっち向け、ああ、まだ瞳孔開きぎみだな、クスリ抜けきってねえのか」「どうにかしろ」「風呂上がったら寝てやりすごすしか出来ねえな、」そんなことをいいながら座っている銃兎の上からシャワーを浴びせて泡を流す。口調と反して、左馬刻の行動はやわらかい。すべて泡を洗い流してから、「お前の部屋着出してあるから着ろよ、まさか着せてくれとかいわねえよなそこまで面倒みねえぞ」といって、銃兎を立たせてから左馬刻は浴室から出た。そのあとにつづいて何度も着替えたことのある脱衣所へ出て、左馬刻に用意された部屋着へ着替える。黒くすこし大きめなTシャツとグレーのルームパンツだ。「喉が乾いた、」と訴えると「シャブ打たれたんだから当たり前だろ、水でも酒でも好きに飲めよ」そういって冷蔵庫とウォーターサーバーを指す。「殺したのか、」「あ?」「だから、俺のことをやろうとしたやつらを殺したのか、」「あいにく、殺しの前科は作らねえよ。安心しろ、威嚇だ威嚇。まあ殺ってもよかったけどな、おら、さっさと寝てろっていわねえと分からねえのかテメェは」そういいながら左馬刻が立ち上がって、コップをふたつ持つとウォーターサーバーから冷水を注いでひとつを銃兎に渡した。ソファに座ってそれを一気に飲み干す銃兎をみながら、「あとはおとなしく寝てろ」という。「喉が乾く、」という二度目の言葉に、呆れたように溜息を吐いたのもつかのまだった。目を蕩かせた銃兎が隣に座っていた左馬刻を押し倒したからだ。「左馬刻、お前の皮膚はつめたいな、クスリを打たれた瞬間よりつめたい」「なんだそれ、」「身体が熱くて煮え立つようになっていやがるんだ」「だからそれは――」シャブのせいだという左馬刻の言葉は、銃兎が口唇をふさいだことによりつづけられなかった。熱い、熱い、と呻くようにいいながらその合間に銃兎はキスを繰り返す。キスをすることにより、何かしらの救いを求めるかのように銃兎は何度も口唇を擦り合わせた。舌を絡め合うと唾液が混ざる。口腔内の感覚さえも鋭敏になっているのか、銃兎は舌を甘噛みされると何度も身体を震わせた。「は、ぁっ、」とくちを離すと荒い呼吸をして、左馬刻の二の腕に爪を立てる。短くきれいに整えられた爪でも、食い込まれるほど立てられれば痕になる。「俺サマが寝てろっつってんのきいてねえのかよ!」喚くようにいいきかせる左馬刻をソファから引きずり下ろし、フローリングの床で馬乗りになると、「上手くおさまらないから抱けよ、左馬刻」と挑発するようにいった。「畜生、一回だけだからな、キメセクなんて覚えるんじゃねえぞ銃兎」そういって腹の上に乗っていた銃兎に「ベッドにいけよ、テメェが狭いっていうからキングサイズにしたんだろうが」といいはなつ。ベッドの上へ移動したふたりは互いの服を脱がせあった、口調のわりにそこにあるのは甘ったるいセックスの前戯だ。部屋のなかは設定温度二十二度のエアコンがきいていて、真夏の太陽が薄いカーテン越しにふたりを照らしていた。銃兎は耳朶を噛まれ、耳孔に舌を捩じ込まれると「厭、だ」といった。それでも執拗に耳を攻められると徐々に甘い声をあげるようになっていった。「うさぎちゃんは耳が敏感なんだろ、」「誰がうさぎだ、死ね」「バーカ、お前が死ぬ番だろ」左馬刻がそういってしばらく耳を嬲っていたものの、頸から胸にかけて舌を這わせて乳首を噛んだ。乳首は噛んだり舐めたりしているうちに硬く芯を持ち、銃兎が感じていることをあきらかにしめしている。何度も刺激されているうちに「う、」とおもわず低い声が出る。いつからこんなことになったかと銃兎はおもいだす、もう数年前に左馬刻としりあってその目の奥に光るプライドの高そうな顔がゆがむのをみたくなったのだ。最初に誘ったのは銃兎だ、酒も女もやりすぎて飽きたなどといった左馬刻に試してみないかといったのだ。いまも左馬刻が女を抱いているのかはしらないし、しらないでいいのだとおもっている。ただ、ふたりは合うたびにどちらかの部屋でセックスをするような関係になったし何よりもいまは同じチームのメンバーだ。「余裕で考えごとしてんじゃねえよ、」といいながら左馬刻が乳首につよく歯を立てた。もう片方の乳首は抓られており、それはもう赤く痛々しいほどの色をしている。「さまと、き、」と名前を呼ぶ。乳首を噛まれることによってジワジワと快感が打ち寄せ、銃兎は荒々しく呼吸をすることしか許されない。呼吸することがこんなに苦しいとはおもわなかった、と感じつつ左馬刻の名前を譫言のように繰り返す。それは呪詛だ。目の前の男を銃兎の身体にしばりつける甘い呪詛。カーテンの隙間から太陽がみえて目が痛んだので目蓋を閉じた。目蓋を下ろしてチカチカと明滅する視界のなかは左馬刻にあたえられる感覚だけが頼りだ。つよめにエアコンがついているというのに、ふたりの皮膚は湿っていた。その湿度がここちよいと感じる。二十二度に保たれた室温と、薄っすら湿った皮膚、そして真夏の太陽――それらはすべてが合致していたし、なにもかもが仕組まれたことのようにすらおもえた。左馬刻がベッドサイドのチェストからチューブにはいったローションとコンドームを取り出し、ローションを銃兎の性器に直に垂らした。つめたい、とおもっているとそれがつたわったのか「扱いてるうちにあったまるだろ、」といわれた。先端から根本までズルッと扱いた瞬間、銃兎が背中を弓なりに反らして「あ、あっ、」と喘いだ。閉じた目蓋の裏で、光がスパークする。光、光だ。それはクスリのせいだと分かっていても止められないほどの衝撃で、銃兎はあまりにも強い刺激に動物のように喘ぐことしか出来ない。それでも左馬刻の手は止まらずにいたし、銃兎は喘ぐことをやめずにいた。「は、ぁ、あっ……」「グッチャグチャにしてそんなにいいのかよ、なあ銃兎」「い、いいっ……さま、ときっ、」普段は淡々と最低限しかしゃべらないセックスしかしないのだが、クスリが効いているという言い訳をしながらふたりはセックスというもののなかでコミュニケーションを取る。銃兎がシーツを掴むと、白い波のように放射状に皺が縒った。「目、開けろよ。俺以外に抱かれてんじゃねえ」誤解だといおうとして目を開けると、ジッと銃兎を射殺すかのようにみている目と視線があった。目があった瞬間、一度軽く射精抜きで達した。「いいから何度でもいけよ、」と楽しそうにいわれて、銃兎は自分が目線だけでいったことをしった。この鋭い目つきが好きだとおもっていたが、たったそれだけでいくとはおもわなかったのだ。脚を女のように開かれて扱かれている。ふと、左馬刻はもう女を抱いていないのだろうとおもった――それは銃兎の勘で、そういったものは大体当たることがおおい。性器の先端から先走りが溢れていて、それは垂らされたローションと混ざり合ってグチュグチュと音を立てている。てのひらと性器のあいだはズルズルとぬめって皮膚などないかのようだった。皮膚が溶け落ちて肉そのものが剥き出しになったかのような錯覚さえいだく。てのひらと性器はひとつになってうごめいているような感覚におちいる。やがてすべてが溶けてゆくかのような体感をおぼえた、全身の皮膚、骨、脳、血液、爪、歯、なにもかもが溶ける。そのなかで左馬刻とのセックスの快感だけが軸だった。それに縋るようにしながら銃兎は意識をたもつ。コンドームを被せた指を肛門に差し入れられて、アナルセックスに慣れた銃兎はそれだけでふたたび達した。「指だけで感じるとか女かよ、」と左馬刻があきれるかのようにいうのが遠くきこえる。すべての音が遠くなったり近くなったりしており、エアコンの稼働音が耳のすぐ横できこえたかとおもうと左馬刻の声が遠くなることもあった。「さまとき、」と命綱のように呼ぶと返事をされる代わりに指の本数を増やされた。そう知覚した瞬間また達した、とおもったが「さっきからずっと空イキしてんのか、」といわれて銃兎は自分が射精しないで何度もいっていることに気付いた。空イキをすると癖になるのか、指で直腸をいじられているだけで身体をわななかせた。「さま、とき、無理、むりだ……!」「そんなにいいのかよ、」「むり、は、ぁっ、」何度も激しく喘ぎ声を上げていると指が抜かれて、左馬刻がコンドームを着けるのがみえた。「前、ローションとカウパーですっげえな」と笑いながらいったかとおもうと性器を押し当ててそのままカリ首を沈めた。ズブズブと直腸内にはいってくる感触が分かって、それだけで銃兎は何度も空イキを繰り返した。「うさぎなら動物らしくバックでやった方がよかったか、」と冗談のように揶揄われたが、それさえもどうでもよくなった銃兎が「正常位、でも、いい」とブレた視線で左馬刻を見上げながらいう。根本まで性器を沈められると掴むものがほしいとばかりに左馬刻の二の腕にふたたび爪を立てた。食い込むそれに左馬刻は何もいわず、ただ腰を打ち付けて抉るように抜き挿しをした。深く抽送をしていると結合部からグジュグジュと音が立って、ローションが白く泡立った。「迂闊に俺サマ以外に抱かれる隙をつくるんじゃねーよ、」左馬刻が所有欲のかたまりとでもいわんばかりの台詞を吐く。銃兎はその言葉がきこえているのかきこえていないのか、半ば意識を飛ばしながら「さまとき、もう、むりだ」という。「チッ、仕方ねえな。さっさと一発抜くか」そういうと銃兎の腰を両側から掴み、ガツガツと腰を抉るようにぶつけた。銃兎の性器は何度も空イキをして真っ赤になっている。「お前が煽ったんだろ、最後までつきあえよ銃兎」といって左馬刻が深く抽送をした。一度抜きかけてから深く突き入れるのがきもちいいのか、銃兎は突かれるたびに低く喘いだ。「いけよ、銃兎」と歳下の男――碧棺左馬刻に低い声でいわれて、入間銃兎はその日初めて射精することが許された。身体を震わせて吐精すると自分の腹の上に精液が散って、幼い頃に絵の具を散らしてあそんだことを一瞬おもいだした。白く濁った精液はそんなに純粋なものではないので、銃兎はなぜそんなことをおもったのか、また左馬刻にも幼い時があったのだろうかとおもったが次の瞬間には忘れた。左馬刻も射精したのだろう、ズルッと性器を引き抜く感触がしてそれに対して銃兎は深く息を吐いた。精液の溜まったコンドームを結んでティッシュにつつんで捨てる姿をみながら、「どうして来たんだ、」ときいた。「お前のことまわそうとしてたやつのこと、よくおもってねえ奴がうちの組にいただけだ。深い意味はねえよ。ハッ、お前のこと殺るんだったらここで出来んだろ」そこまでいって、「セックスって意味でやるのも俺らには有りだしな。これに懲りたら信用出来るやつか情報源の確かなもの以外は足突っ込むんじゃねえぞ」「心配してるのか、左馬刻」「はあ? テメェがヤク打たれたりしなきゃこんなことにはなってねえだろ」「あいつらは、」「俺は殺ってねえけど、まあ、明日には埠頭付近の魚の餌かもな。組んなかでも派閥があるからよ、っつーかキメセクなんてやらせんな」「……こんなものは一度味わえばじゅうぶんだ、」そういってぐったりとベッドに仰向けになりながらタオルで腹の上の精液を拭った。「一週間ぶりにあったな、銃兎」「こっちはお前と違って忙しいんだって分かれっていってるだろうが」そういいながらベッドサイドに置いてあった煙草の封を切って、隣に置いてあったジッポで火を点けて喫う。左馬刻も一本取って、銃兎の喫っている煙草から火を移した。「DEATH、かよ」「俺サマに似合うパケと銘柄だろ、」「……そう、だな」お前に殺されてばかりだよ、と銃兎はいえないまま無言でふたりして煙草を喫っていた。煙草が燃え尽きて灰皿に落としていると、そっとやわらかな部分へ触れるような声で「銃兎、くだらねえことで死ぬなよ、俺以外とも簡単にセックスすんな」といわれる。その時の顔をみたかった。みたかったのに、左馬刻は顔をそむけてテーブルに置いてあったコップを洗いにいってしまった。だから銃兎はその背中をジッとみつめる。穴が空くほどみつめる。そしてそのみつめている部分が中央より左胸、心臓の位置だということは誰もしらない。

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